フェミニズムの話題でお姫様抱っこを否定するアホ

フェミニストのくせにピンクを選ぶなんて」というアホらしさには一発で気づける人が増えていると思いますが、こちらのブコメで「セックスの話でお姫様抱っこを出すなんて性的役割の固定化」とか言い出す人がいてお口ぽかんとする。*1「ただのいちゃもんだよね?それとも私怨?まさか本気で『お姫様抱っこは女性性のあらわれ』とか『フェミニストは私的な前戯と愛撫の世界であっても性的役割の固定化を避けるべき』なんて思ってるの?頭、大丈夫?」っていう気持ちになります。

 

一般にお姫様抱っこと呼ばれているアレはたいそういいものです。大人になって日常で空中浮遊させてもらえることってめったにない。それも愛する人の腕に包まれて空中浮遊する心地よさといったらありません。どういう理屈で女性の権利を主張したら伴侶に抱き上げてもらうことを拒否すべきだというのかさっぱりわからない。

 

後背位は動物的、騎乗位は暴力的、正常位という言い方は差別的なので避けるべきとか思いながらセックスしてるのか。できんじゃろ。それとも自分は性差別的な性行為にふけっていると反省しながらセックスしたり、誰にも批判されないためにセックスレスになったりしてるのか。たいへんだな。何にしても快感に集中できないだろうな。

 

もちおにはたくさん抱っこしてもらったよ。PCに貼りついて離れないとき、わたしがキレて激昂しているとき、落ち込んでいるとき、うれしくてうれしくて二人で踊っているとき、いろんなときに抱っこしてもらった。楽しかった。あれは実にいいものですよ。なぜしてもらうばかりだったかといえば筋力差ですね。甥姪にはわたしもしますよ、抱っこ。するのも楽しいよね。

 

もちおはわたしより背が低かった。「夫の肩に、胸に頬を寄せる妻というシチュエーションは無理だね」と言ったら「でも俺、お姫様抱っこができるよ!」とほがらかに答えた。「荷揚げのバイトをしていたとき100キロの荷物とか運んでさ、これ運べるならお姫様抱っこも出来るんじゃね?ってバイト仲間同士でやってみたことがあるから。はてこさんなら余裕。間違いない」ともちおは自信満々だった。

 

フェミニズムは「女らしさ」の否定ではない。プリンセスでもゴスロリでもボンテージドレスでも好きな物を着て女体を思う存分楽しむ自由を獲得することがフェミニズムだ。お姫様抱っこを堪能出来てたいそうしあわせだった。

 

そして言うまでもなく、ドレスをプレゼントしてもらおうが宝石をねだろうが恋人同士のあいだでの愛情表現は互いを傷つけない限り何をしようが自由だ。男性が奢って女性が受け取ってもいいし、割り勘でも女性が奢るんでも好きにしたらええ。問題は「男なら、女なら~でなければならない」と自分や他人に押し付けることだ。

 

こうした親密で親切な行為を「慈悲深い差別」なんて呼び習わしていればそりゃ「女は差別が好きだ」になるだろうよ。親が子を扶養するのも、老人の手を引くことも、身体や言葉が不自由な人の手助けをするのも「慈悲深い差別」、弱者は差別を再生産している。なんと荒唐無稽で馬鹿らしい話だろうか。こんなことを真に受けて不親切でよそよそしくふるまい魅力がないと言われたなら「そりゃそうだろう」としか言いようがない。相互扶助と平等、公平は両立しえる。

 

わたしにとってお姫様抱っこは必ずしも前戯ではなかったが、ミルトン・エリクソンが保守的なクリスチャンの夫婦に教えた口説き方を仮にわたしが100%実行していたとして、それを万人に当てはめる理由がどこにあるのかさっぱりわからない。しかしそこまで言うなら「はてこはセックスのためにホテルのスイートを利用してシャンパンをすすめる記事を紹介している浪費家だ」くらいいったらどうか。あほくさい。しかしあほくさい話には一気にブログが書けるのでそこはよかった。いつもは何時間もかかっちゃうからな。

 

まあ赤の他人の性生活に首を突っ込んでカリカリしてないで愛する人に抱っこしてもらうか、抱っこできる誰かに抱っこさせてもらうかしたらいいと思うよ。わたしは抱っこしてくれる人の思い出にいちゃもんつけてくる人をアホ呼ばわりする程度にいま不幸でそこはかなりがっかりだわ。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

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*1:あ!「お口ぽかんなんて幼児語を使うのは女性の性役割を劣ったものとする表現です」ってまたカリカリしてそう!