寡婦2年生

去年の今日はお通夜で明日は葬儀だった。

深夜を回って間もなくもちおは息を引き取り、そこから葬儀に向けて親族間で揉め事が勃発、5分も経たずに四面楚歌となり深夜にホスピスの廊下で葬儀社に電話をかけまくった。前が見えなくなるくらい大泣きしながら諸手続きと家事を済ませる強烈な一日だった。あの日のことをどこかに書こうと思いながら手を付けられずにいる。

 

葬儀をきっかけに親族との意見の食い違いは時を追うごとに露わになった。あるいはもちおが結んでくれていたすでに脆く千切れかけていた絆が切れたのかもしれない。一月もしないうちに親類縁者との溝は深まり色々あって母ともいまは疎遠にしている。

 

昨夜もちおと近い時期にお身内をなくしたブログ読者の方からお悔やみのメッセージが届いた。今日一日を振り返るともちおの命日に触れてくれのはもちおと一度も会ったことのないそのブログ読者の方だけだった。

 

義実家はわたし以上に宗教行事に無頓着で法事法要の予定どころか遺骨の行処についてもノーアイデアすきにして頂戴という状態である。遺骨との付き合い方をこの一年随分考えた。そしてわたしが骨になるまで然るべき場所に保管しておいて頃合いを見て同じところに埋葬してもらう、というところまで心が決まった。

 

しかしわたしに連絡して合う予定を立てて訪問するのは気が引けるけれど、何らかの形でもちおの墓に手を合わせたい人にとってこういう形は不親切だとあるとき気づいた。とくにもちおの親兄弟、甥姪たちにとってはこういう形は不便なのではないかと思う。いつか甥姪たちがもちおのことを思い出したとき、知ったとき、会いに行ける場所があった方がいいと思う。

 

この話は機会があったらまた別のときにする。

 

とにかく今日わたしには宗教行事に携わる予定はなかった。どう過ごせばいいのかわからず、それでなんとなくいつものように仕事を入れてしまった。

 

仕事を終えたあと久しぶりに髪を切って豪華な寿司を食べに行った。

一人暮らし一年達成おめでとう。後追いしないで偉かった。グレート。I'm proud of me ! ヒューヒュー!という静かなお祝いをやった。

 

来年のいま頃は何をしているのだろう。想像もつかない。世界中のどこにも逃げ場がなくなって気が狂いそうだったあの日も一年後の自分を想像することは出来なかった。

 

寿司は美味かった。ひとりで涙ぐんで食べていても寿司が美味いと思うくらいわたしは元気になった。去年の今日、怒涛の一日のあれこれを強烈な色彩で思い出すのに何を食べたのか覚えていない。何を口にしても胃酸が上がってきて口の中が酸っぱかったことは覚えている。

 

一人暮らし一年おめでとう。支えてくださったみなさん、ありがとう。

もちおとハイクなしの日々をサバイブしてはてこは偉かった。

寿命がつきるまでまた生きていこうと思う。