増量10ヶ月

BMIが15.15になった。

昨年9月の13.71から10ヶ月かけて4kg増やした。

金に物を言わせて外食とジムとパーソナルトレーニングを活用した。

短い間だったけど、人を頼んで寝た時間と食べた物を記録してもらったりもした。

思っていた以上に眠っておらず、食べていなかったことがよくわかった。

仕事を減らして食事の時間と寝る時間を増やした。

振り返ってみると、この現状の見える化が一番効果があったように思う。

食事を抜かない、栄養価より食事の頻度とカロリーを優先した。

iharbでプロテインバーとココナッツオイルをまとめ買いして、食事にかける時間がないとき、気力がないときもココナッツオイルコーヒーとプロテインバーで軽食をとるようにした。

プロテインバーは仕事中や移動中に手を汚さず食べられて便利。

すくすくと美尻が育った。

もちおに見せたい。

わたしの尻のビフォーアフターに気づけるただ一人の人が、いまこの世にいないことがとてもつらい。

次は胸筋を鍛えてデコルテの肋を埋めたい。

もちおがいたらいいのに。

7月になってしまって、あと2ヶ月も経たずにもちおが死んだ日が来てしまう。

去年の今日何をしていたか折に触れて考える。

断片的にしか思い出せない。

もちおにはブログはもちろん、わたしのメールアカウントも伝えていたから、悩み苦しむ本音を書いたら病状を悪化させるのではと思いはじめてから率直なことが書けなくなった。

もちおはわたしの一番のファンで、増田も含めてわたしが書くあらゆるものの読者だったから、書いたものを見せられなくなったいまは、ものを書くことがとても難しくなった。

看病で忙殺されていたときは仕事は息抜きだったけど、いま仕事以外にやることは何もない。

深夜寝床で目をつぶると前後の脈絡なしに迫りくる死の影に怯えていた日の細々とした場面が突然蘇る。

それなのに、あんなに長く暮らしたもちおの姿形や声は愕然とするほど思い出せない。

いまですらこんなにおぼろげになった記憶がこれからどれほど薄れていくのか考えるとやり切れない。

身を切る思いでもちおを思い出すとき、渇望するほど思い出せないことを痛感するとき、反射的に死にたいと思う。

悲しみは痛みに似ていて、あまりに強いと他に何も出来なくなるし、それから逃れられるなら何でもするという気になる。

思い出すとき死にたくなるけど、思い出さないと忘れていく。忘れたことに気がつくと死にたくなる。

でも願いは死ぬことじゃなくて、もちおがいてくれること。それか、もちおが離れていてももちおがいるときと同じ気持ちでいられること。たくさんの思い出が心に生きていること。

その願いが叶わなそうだと思うから死にたくなる。

そうはいってもわたしはもうご飯を食べて、お風呂に入って着替えて出かけられるようになってしまった。

台所に立つ時間も増えて、泣く頻度もあきらかに減って、日常生活を送れる程度に正気を取り戻している。

夜はぜんぜん眠れない。昼間寝ているつもりでいたけど、時間を記録して平均を出したら寝溜めも出来てなかった。

でもあの手この手で工夫しながら何とか仕事を続けて暮らしている。

 

あの暗く重く荒んだ冬から、気がついたらもう夏になっていた。

 

もちおにいてほしい。帰ってきてほしい。どこかで分岐を間違えてしまった。

違う世界線のどこかではわたしたちはまだ隣で眠れる人生を送っているのかもしれない。

悲しい。

金に物を言わせてここまで来たけど、金で買えるしあわせにいまこころあたりがない。

日々目の前の仕事をカツカツやっている。

仕事するのは正解なんだろうと思う。仕事と筋トレと食事はいつも正解。

やりたいこととは。ちょっと、違うけど。