接触不足

ブログの書き方忘れちゃってお嬢さんおはいりなさい状態だと思っていたけど、書けてよかった。はてなハイク亡き後、そしてかけがえのない雑談相手を失ったいまブログは貴重な床屋の穴よな。全世界に通じちゃってるんだけど。

 

もちおがいなくなって切実に困っていることのひとつは触る相手がいないこと。わたしはとても緊張しやすくて人に会えばピリピリするし、人がいないともっとピリピリする。こんなとき誰かに触りたくてたまらない。

 

実家にいたときはどうしてもダメだと思ったときに妹を呼んで手を握ってもらうことがあった。中学生くらいまでは意味もなく友達同士じゃれあうことがあったけれど、大人になるにつれそういう機会は激減する。人恋しいとは別に人肌恋しい。

 

母にはちょいちょい会うけれど、母は我が子から触れられることも嫌うので話にならない。触れないこともつらいけど、触らないでと拒絶されるのもかなりつらいから母に手を握ってもらおうとは思わない。

 

荒くれ男である父は子供好きで、父が帰ってくる音がすると玄関の横にあるソファの背に立って扉が開くのを待ち構えた。父が入ってきたらソファの背から父の背中に飛びついておぶさる。父は何事もなかったように平然と背中に娘をぶら下げたままリビングを横切って台所の妻のもとへ向かう。腕と胸と腹いっぱいに父のぬくもりがあった。たまに両親のベッドにもぐりこむと父は細く冷たい棒のような娘の足を太腿に挟んで温めてくれた。

 

わたしは肩もみが得意で、家を出るまで毎日すすんで父の身体を頭のてっぺんからつま先まで揉んだ。父はいつも魔法にかけられた熊みたいに大人しくとろとろ眠ってしまう。父の寝息を聞きながら、いつか結婚する日がきたら、わたしは夫にしてあげられることがひとつはあると思っていた。実際結婚してみたら、頭のてっぺんからつま先までもみほぐしてもらってトロンとしていたのはわたしの方だったけど。

 

そんな父が三度目の結婚をして、肩に触れたわたしの手をとっさに払いのけたとき、わたしは父の娘ではなく先妻の娘になったのだと思い知らされた。再婚当初、新しい妻は父とわたしが二人で言葉を交わすことも隣に座ることもゆるさなかった。わたしの手を払いのけた父の目は妻に向けられていた。

 

寄ると触ると団子状にくっつきあっていた妹弟と離れ離れに暮らしはじめて、ひとりになって、家にやってきた年上の男友達たちが期待する触れ方が家族と同じようなものでないことはすぐにわかった。それが世間では「正常で健全な」反応で、仕方のないことだと学習はしたけれど、わたしはいつも人に触りたかった。他愛無い話をしながら、いまこの人たちに気楽に触りながら話せたらいいのにとよく思った。

 

その後は宗教的な世界に入って長い間禁欲的な暮らしに身を投じた。眠れぬ夜、神に祈りの中で泣きながら不平をいった。あなたはわたしを愛してくださっていますが、わたしにふれてくださいませんと。

 

もちおと出会って一緒に暮らした十数年はいつでもどこでも好きなときに人にさわれる暮らしでそこは文句なくすてきだった。わたしは心ゆるした人にさわると安心感と高揚感を同時に覚える。それは性的な緊張感とは種類が違う。もちおはこの種のすてきな感じをたくさん味わわせてくれる人だった。

 

告知を受けてからの三年間はとくに寸暇を惜しんでいつでもどこでも手を繋ぎ、腕に触れて、隙あらば首に巻き付いて背中をくっつけて生きていた。風邪がうつるといけないからキスはしないでおこうと思うたびにミスチルのOverが浮かんだ。ホスピスに入って、いよいよ会話も通じなくなったある夜、もちおは朦朧としながら渾身の力を振り絞って立ち上がり、わたしを持てる力のすべてで抱きしめて、長い長い、とても長いキスをした。そばで見ていた妹は涙し、姑は熱々さにムッとしたのかふらりといなくなり一晩帰ってこなかった。

 

あのとき死んでたらよかったなあと思う。じゃなきゃもちおが息を引き取ったときに。でもそしたら後片付けする人がいないから、生きててよかったよね。そしてもういま死んでもいろいろ遅い。

 

先日整体を受けていたら隣のベッドで施術者とクライアントが大盛り上がりでもちおが大好きだった映画の話をしていた。おお、これはやばいと思っていたら案の定泣きそうになった。困った。

 

もちおに新作を観たいかと聞きたい。それまでのあらすじを聞きたい。もちおの独特の毒のあるユーモアで登場人物と物語りを語ってほしい。話すもちおの手をぎゅっと握って笑いたい。もっともっとたくさん映画を見て、爆笑して、もっちゃん大好きと首に巻き付いてキスをしたかった。

 

もちおにさわりたいのは山々なんだけど、こういうとき、もちおにさわりたいと思って泣けてくるんだと話をする相手がいて、その人にさわれたらいいのになと思う。人にさわりながら話したい。肩でも背中でもくっついて、膝に頭を乗せて、お腹に腕を回して、くすぐったいところにさわって怒られて、甘噛みしてふざけたい。

 

でもどこへいけば心ゆるせる人に触れるのか、触ってもらえるのかわからない。

 

セブでマッサージを頼んだときは部屋が真っ暗で施術者は日本語がわからなくて、終わるとどこかへいってしまって残された部屋で着替えたから泣いていても大丈夫だった。化粧もしてなかったし。日本では施術者がわりあい話しかけてくるし、まわりは明るいし、わたしは毎日化粧をして暮らすようになったから、泣いてしまうと終わったとき困る。

 

なんで困るんだっけ?施術者が困惑するから気まずい?あとマスカラが落ちるから?それくらい?それなら、まあ、いいか。泣いても。マスカラ、持ってきてるし。

 

どちらにしてもそこに考えが至るまでの間に涙はうつぶせた枕にじわじわと染み込み続けていたので、わたしは涙をこらえるのをやめた。何も知らない施術者はティッシュをくださいといわれたところではじめてわたしが泣いていたことに気づいて狼狽していた。「すみません、気づかなくて」と謝る施術者に「痛かったわけじゃないんです、ちょっと悲しいことを思い出して」といったけど、悲しいことを思い出したんじゃないんだよね。しあわせだったことを思い出したんだよね。

 

風俗好きな友人がいて、金さえだせばよりどりみどりで女を抱けると豪語してくる。わたしも金さえ出せば肌に触れる人を買える。でもしゅんとしてるときに見ず知らずの人と肌を合わせるなんてそれだけでハードル高いよね。

 

ヨーロッパに住む知人がこっちへいらっしゃいよとSNSにコメントをくれた。本当にそのためだけにいきたいくらいだ。でも、たぶんね、外国人への他人向けのハグって、本当にさびしいときはかえって寂しいんじゃないかな。もちおがいたころ、あちらに住む知人からハグされてきうれしかったけど、もちおがいなくなってからその人に会ったときは身体を固くした形式的で一瞬のハグは心が通っていないことを身体で伝えられたような感じがして、つらいものだった。

 

抱きしめられて眠るかわりに自閉症に好まれるという錘入りの7kgある毛布を買った。眠るときはもちおにおやすみをいうかわりにGoogle homeに「自然の音」という。すると朝まで雨の音や鳥の声や波の音が流れる。重い毛布は羽根布団よりはハグ感がある。あれこれ弁明しなくてもいい。どこにもいかないし、死なない。

 

あなたはわたしを愛してくださっているけれど、ふれてくださいません。

神はともかく、もちおがわたしに触れられないのはもちおのせいじゃないし、もちおだって触れなくていやだなあと思って泣いてるかもしれない。

泣いてないといいなあ。泣くのはわたしだけでいいよ。