子供部屋の跡取りおじさんと渡良瀬橋の跡取りおばさん

友達にメールを書いていたら長くなったのでこっちに書くことにした。

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少し前に子供部屋おじさんという言葉が話題になっていましたね。
昨日ふと「子供部屋おじさんのうちいくらかは跡取りおじさんなのではないか」と思いました。 

 

地元で家を継ぐ、家業を継ぐことを前提に人生が組まれていて、そこから外れる生涯を組むことが難しい人。これまでの人生を振り返ると思い当たるおじさんが大勢います。

 

東京で出会った最愛の彼女を地元に連れて帰る前提で結婚を考えていて、いよいよ具体的な話に入ってから彼女の側はまったくの想定外だと知って別れた人、「代々続いた稼業を手伝えない妻子では意味がない」と里帰り出産後そのまま実家に居ついてしまった妻子と離婚しようとしている人、惚れた女と添い遂げたいと嘆きながら「出来ることなら家督を一千万円で譲ってもいい」とへりくだった調子で吹っ掛けていた人、そして父の仕事を継ぐことを十代から意識して人生設計していたうちの弟。

 

郷土愛、家族愛を基盤に持つ人は郷土に養われ、家族に支えられて生きているぶん、それ抜きに人生を形作ることが難しい。

 

もちおの両親は口には出さなかったけれど、長男であるもちおが中心になって老後を見てくれることを漠然と期待していたと思う。
義両親は「自分たちも好きに生きてきたから子供に干渉なんかしない」と豪語する世代ですが、それはやはり建前です。

義母の部屋の散らかしぶりに仰天したわたしにもちおが「老後は親を引き取って同居することを考えていたが、今回はてこさんを見たら無理だと思った」といったことがありました。
自分の好きなように生きろという親と、好きなように生きるというもちおですらそうです。

 

わたしは親の後ろ盾も故郷との繋がりも希薄だけれど、その分背負うものも少なく、どこでも好きなように生きていけます。

故郷のこと、家族のことをうれしげに語る人の郷土愛、家族愛の深さをうらやましく思うと同時に、そのような方がこれまで一人で背負ってきたものの重さも感じます。

 

わたしの結婚に両親は反対しましたが、それは勝手に事が進むのが気に入らないだけで、わたしに何らかの期待をしていたからではありませんでした。
でも弟のときはそうではなかったし、弟はそれに耐えられずとうとう四十歳を過ぎて地元と親抜きで人生を仕切り直しはじめました。
そうしたかったからではなく、そうしなければ生きていけないと思ったから。
かつてわたしは同じ気持ちで実家を飛び出しましたが、弟が背負っていたようなものは持ってなかった。

 

跡取りおじさん・跡取りおばさんにとって親族とは気難しい先住猫のようなものかもしれないと思います。
もともとひどい性格の猫というわけではないけれど、人見知りで新しい環境に耐えられない。
年寄り猫だからそれなりに癖があり、自分には懐いているけれど、新参猫を威嚇、攻撃せずにはいられない。
だからといって簡単に捨てたり、他人に譲渡したりすることもできない。
庭にくるたくさんの外猫も新参猫を警戒したり威嚇したりする。

これで他の猫を刺激せず新しい猫を家族に迎えるなら、そこで生まれ育った猫、先住猫が慣れている猫を飼うしかない。

 

わたしは猫に噛まれ引っかかれたので家を出て、ときどきなでることにしました。でも猫たちと上手く暮らしてきた人は先住猫を一口に「毒猫」と切り捨てて置いていくことはできないと思う。
猫はかわいいし、家族は愛しいものですものね。

 

リゾート地で働いていた頃出会った施設育ちの女性を思い出します。
彼女は別の観光地の飲み屋で働いていたときに訪れた男性とやり取りをするようになりました。
「キューピーちゃんみたいでかわいかった」という男性は女性に不慣れな小太りの薄毛で三十代前後だったと思います。

 

彼は彼女がそれまで出会った誰よりも穏やかでやさしく、何からなにまで奢ってくれて、彼女の成人式には振袖含めてかかる費用をすべて出してくれたそうです。
それまで頼る家族がいなかった彼女はこれに感激し、男性を頼って彼の郷里に移住しました。

 

「新幹線で彼の町へ向かいながら自分は世界一幸せだと思った。これから新しい人生がはじまるんだって思いました」
「でも来てみたら、結婚はできないというんです。『一緒にいてくれる?』というと『一緒にいるよ』っていう。
 『一生一緒にいてくれる?』っていうと『一生一緒にいるよ』っていう。でも結婚はできないって」

 

キューピー氏は飲み屋の女の子を猫可愛がりにかわいがりはしましたが、親に紹介する覚悟はなかった。
地元に来られて焦った彼は自宅から離れたところで彼女が基盤を持つように促し、彼女は持病を抱えて自活する必要がありました。

 

跡取りおじさんだったキューピー氏の行き場のないやさしさを向けられた彼女を思うと複雑です。

キューピー氏はただただ彼女を可愛がることがうれしく、彼女は愛され守られてしあわせだった。それまでそんな風にしてもらったことがなかった二十歳の女の子が彼を好きにならずにいられなかったのは当然です。

彼女は人生をかけてやってきたけれど、キューピー氏はそうではなかった。

キューピー氏にとって彼女はものすごくかわいい雑種の野良猫みたいなものだったのではないかと思います。家では先住猫の関係で血統証つきの猫しか飼えない猫好きが、外で好き放題かわいがって喜んでいたのではないかと。

「結婚とおつきあいは別」というありふれた話かもしれません。

 

でもある意味で彼女は守ってくれるものも、守るべきものもないぶん身軽だったけれど、キューピー氏はたくさんの装備に囲まれ、良くも悪くもフットワークは鈍くならざるを得なかったといまになって思う。

お酒の席で出会った「プロのお姉さん」なのだから、恋心を源泉かけ流しで注いでも大丈夫、仕事として後腐れなく可愛がらせ、貢がせてくれるのではないかとキューピー氏は甘えていたのだろうな。

 

少し前のわたしだったらこういう跡取りおじさんは身勝手で依存的で醜悪だと一刀両断したかもしれません。でも人はひとりでは生きていけないものだし、その人を囲む社会が気難しい先住猫で満ちているか、気のいい野良犬で満ちているかはかなりの部分、運によります。

跡取りおじさんが誰も傷つけずに生きていくには確実に結婚できる相手にだけ微笑む人生を送るよりほかなく、それに耐えかねて魔が差したとき、その行為はともかく背後の重荷を無視して孤独なおじさんを断罪することはもうわたしにはできません。

 

森高千里の「渡良瀬橋」という歌があります。これはいうなれば跡取りおばさんの歌です。

渡良瀬橋で見る夕陽をあなたはとてもすきだったわ

きれいなとこで育ったね ここに住みたいといった

電車に揺られこの町まで あなたは会いに来てくれたわ

私はいまもあの頃を 忘れられず生きてます

 

誰のせいでもない あなたがこの町で暮らせないことわかってたの

何度も迷ったわ だけど私ここを離れて暮らすことできない

初めてこの歌を聞いたころ、わたしにはなぜ「あなた」が「この町」に住めないのか、「私」が「ここ」を離れられないのかがわかりませんでした。

 

でもいまは少し想像ができます。あなたがこの町に住もうとしても町の先住猫たちは電車に揺られて会いに来るよそ者を(旅人としては歓迎しても)仲間として迎えるには警戒し、威嚇するのかもしれない。それでも私はそんな先住猫たちごとこの町がすきだし、老いた猫たちを残して町を去った大勢の人たちの後ろ姿に続くことはできないのかもしれない。

年齢を重ねるにつれて世界の見え方は違ってくるものだなあと思いました。

 

跡取りおばさんはある程度の年齢になると子孫繁栄という跡取り稼業第二のミッションについてはタイムリミットが来たと諦めざるをえません。しかし跡取りおじさんはこの悲願達成をどこで諦めたらいいのか、なかなかふんぎりがつかない。そういう跡取りおじさんは「若くて子供が埋める女」をなかなか諦められないと思います。

 

跡取りおじさんが少しでも若い女性、妊娠が期待できる年齢の女性と結婚したがるのは先住猫たちの警戒と威嚇をおさめるためにも必要なことです。跡取り稼業第一のミッションは先住猫の平安であり、そのために跡取りおじさん、跡取りおばさんは大なり小なり数々の機会を棒に振り、夢を諦めてきたのだと 思います。暮らしてみたかった町、暮らしてみたかった人、生きてみたかった人生。

 

先日ある跡取りおじさんの家族と話しました。跡取りおじさんに早く親の跡を継いでほしい。このまま跡取りおじさんがひとりで歳を取ると「両親の面倒は誰が見るのかと思う」と先住猫はいいました。

 

その先住猫は跡取りおじさんが孤独な生涯を送ることを心配してはいませんでした。「ご自身が跡取りおじさんと結婚すると考えてみてください。喜んでお受けになりますか」「絶対に、嫌です」とすでに伴侶も子供も得ている先住猫さんはいいました。この方は常識的で親思いのとても感じのいい方でしたが、跡取りおじさんの伴侶の幸せについてどう思うかと尋ねられてとても面食らっていました。

 

結婚するにはどうしたらいいか。

見た目を女子アナ、あるいはアナウンサーに寄せて、営業トークで清潔感のある装いを心がけ、思いやりを持って、男子は奢って女子は奢られて、プレゼントは、口説き文句は、プロポーズは、ああしてこうしてという話題は人気があります。わたしもすきで、つい見ちゃう。

 

でも人が結婚に至るまでにどのくらい守備範囲を広げ、フットワーク軽く動けるかは、どれだけの装備でどれほどの荷物を抱えているかにもよる。

荷物の中には捨てる機会があればいつでも景気よくすててよいようなもの、コンプレックスや呪いの言葉や情熱を失って久しいコレクションもあるし、かけがえのない思い出の品や、金の延べ棒や遺骨のような物理的、心理的に重く、でもそれ自体は貴重なものもある。

 

わたしとしては跡取りおじさん、跡取りおばさんが先住猫をうまくなだめながら、そこがどこであったとしても自分の愛する土地で、自分自身の家族をもって自分自身の人生を送れますようにとささやかに祈りをささげるばかりです。