父の言葉

下書きにこんなテキストがあったので加筆修正して完成させました。

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わたしは夫と出会うまえに、いま思えば分不相応な相手と結婚の約束を交わしていた。

 

彼とは当時打ち込んでいたある活動で出会った。わたしは世間知らずで、理想に燃えており、彼の人となりや人物評価はすべてその組織内での活動に基づいて判断した。つまり学歴や家柄などに興味がなかった。

 

彼のプロフィールは華々しかった。彼は長身のわたしよりさらに10センチ背が高く、ハンサムで、大学名を聞いた人が「え!」と顔をほころばせるような学歴を持っていた。出会ったころは院卒の博士で、国立の研究機関に招かれて働いていた。実家は父親の稼ぎのほかに地元の大きな不動産収入があり、兄は官僚だった。まさに「末は博士か大臣か」を兄弟で実現したのである。

 

これらは見知った情報を繋ぎ合わせてわかったことで、当時はそれらが世間的に何を意味するかわかっていなかった。わたしにとって彼は家族になる予定の大切な人だったけれど、属性としては文字通り目上の頼れるひとりの男性に過ぎなかった。

 

しかし世間知らずの娘と違って、両親はさすがに理解していたと思う。口には出さなかったけれど、親に盾突いて家を飛び出し、山に籠って夢を追いかけている若いだけの娘にいったいなぜそんな話が来たのかと驚いたに違いない。

 

ともかく「結婚の話があるので会ってほしい」と伝えると、父は仕事のあと都内のホテルで会う時間を作ってくれた。

 

父は会議のあとの食事会を終えて、自ら指定した都内の名の知れたホテルのレストランへやってきた。すでに酔っていたにも拘わらず、見たことのない緊張ぶりだった。

 

父は地方では名の知れた家の長男で、子供のころから医者になることを期待されていた。ところが親を出し抜いて芸大から映画の道に進み、母と出会って大学中退で家庭を持ち、親の脛を容赦なく齧りつつ、叩き上げで会社を大きくした。要するに履歴書に書いて感心されるような背景は何もなかった。

 

いま思えば彼とわたしは住む世界がまったく違う人だった。当時わたしはそれがどれほど社会的に影響を及ぼすものなのかわかっていなかったけれど、財力はともかく経歴の点で父が自分自身と娘のわたしを彼に自慢できる要素が思いつかない。

 

愛はすべてを超えると信じて疑わない恋する若い娘と違って、あのとき父が緊張していた理由がいまになって想像できる。あのとき父は降って沸いた縁談をどう思っていたのだろう。

  

それまでわたしは父が初対面の他人と会うときの様子をほとんど見たことがなかったので、父の緊張した面持ちに驚いた。しかしさらに驚いたのは、そのあとのスマートで洗練された、それでいて友好的で親しみのこもった父の話術だった。どうした。いつもと違うじゃないか。

 

父は彼に話をふり、自然にうちとけるような相槌を打ちながら話を引き出した。父はその気になればびっくりするほど人を引き付ける魅力があることを、そのときはじめて知った。

 

「…というわけで、そこから考えるとうちはどうもこの地方の一族の出らしいんだよね」父は家族の話題から手短に先祖の系譜を語った。初耳だ。そして「要するに海賊の子孫なわけ。だからガラが悪い」と落ちをつけ、ニコッと笑った。父はハンサムで、同時に子供のような愛くるしさを持っていた。父の笑顔は人を魅了する。

 

彼が当時自分の社会的立場をどの程度自覚していたかわからないが、彼は彼で人並みに結婚を前提に恋人の親に会うことで緊張していた。恋人から「父親はヤクザみたいなものだ」と聞いていたのでなおさらだ。ところがやってきたのは素朴で粗削りな魅力を持った話術巧みな経営者である。彼はすっかり父の術中に落ちた。

 

「俺は娘は絵を書くとかモノを作るとか、そっちへ進むと思ってた。昔からそういうのが好きだったからね。でも、こいつが『叶えたい別の夢ができた』って言い出して、そういう仕事を辞めて、工場で下請けの下請けみたいなことをやり始めたとき」

 

ああ、あのとき父は失望しただろう、とわたしは思った。娘は何らかの形でクリエイターの道に進むと信じ、また願っていた母は如実に失望していた。工場のライン作業に就くくらいだったら定職につかず家で絵でも描いていた方が母は安心したかもしれない。わたしがその道から離れて何年も経っており、自分の選択に後悔はなかった。それでも父から改めてその話が出た瞬間、親の失望を思うと胸が痛んだ。

 

しかし間違いなく語り部の血を引く父はこの話題を意外な方向へ持っていった。

 

「俺は何にも言わなかったけど、『俺はこいつに負けたかもしれない』って思ったよ」

 

父は世間に背を向けて学校を辞め、夢中だった仕事を辞め、信じた道で生きることを選んだ娘をハイスペ男子の前で静かに、しかし有無を言わせぬ説得力で賛辞するためにこの話題を持ち出したのだった。これにはわたしがコロッと参ってしまった。

 

そんな風に思ってくれていたなんて。感動して泣きそうだ。わたしはなんて愛された娘なんだろう。これまでいろいろあったけれど、いまこうして愛する人と家庭を持つご縁に恵まれ、これまでの生き方を父に祝福され、わたしは世界一しあわせだ。信念を貫いて生きてきてよかった。神様、ありがとうございます。

 

 

その後半年もしないうちに彼とは紆余曲折あって別れることになった。感動は未来を保証しないのである。

 

 

別れてしばらくして、絶望のどん底でかつかつ生きていたある日、父から電話があった。むろん酔っている。

「男なんて星の数よ。おまえに惚れた弱みは似合わんぞ」

惚れた弱みはわたしの人生の中心軸といってもいいものである。しかしやはり惚れて弱っているのはよくない。

 

婚約破棄については耳蓋ぎたくなるような言葉を母からさんざん浴びせられた。そもそも不釣り合いな縁組を内心よく思っていなかった第三者からの言葉もあった。しかし父はひとこともわたしを責めなかったし、揶揄することもなかった。それでずいぶん救われた。心の中に星空が広がっていくようだった。

 

その後わたしは夫と出会い、父はなぜか夫に対しては初対面から邪見にしまくりで、籍を入れてからも娘婿と認めるまでずいぶん時間がかかったし、隙あらば「俺は父親だけど、こいつは妻にするには向かない。機会があったら別れた方がいい」と真顔で夫に迫ったりしていた。「あんたたちは仲がいいが、子供がいない」と勝ち誇ったように言ってきたこともあった。おまえの子育てに遠因があるだろうに、なに威張ってんだよ。

 

父はけして善人ではない。娘に対して正直さも誠実さもさほど持ち合わせていない。父は酒飲みで、語り部で、名言屋さんで、生まれついてのシャーマンなのだ。

 

父はよくも悪くも自分が人に何を語っているのか自覚がない。父は常日頃から神がかっており、息をするように降ってくる言葉を考えなしに口にする。

 

ということはつまり、父がどんなにでたらめで残酷な一面を持っていようが、父の言葉の効果は消えないのである。何かが父にそういわせているのであり、その何かがわたしに好意を持っていることは間違いない。それはそれ、これはこれ。

 

わたしはもう父の名言を父の人格と結び付けて父を慕うことはないが、父が口寄せしてくれた数々の貴重な言葉を、いまも好きな映画の台詞のように時おり思い出す。わたしの人生の脚本家は父にけっこう重要な台詞をいわせるのが好きらしい。最近は出番がないけれど、今後も乞うご期待である。