遅い弔問客

もちおの数少ない友人が連れ立って訪ねてきた。


もちおが友人たちと顔を見て話せない仲になって4ヶ月。お悔やみのタイミングとしてはかなり遅いけれど、今でよかったし、今日でよかった。


新幹線の距離に住むもちおの友人たちは葬儀を終えてしばらくたった頃「秋に線香をあげたい」と連絡をくれた。その頃のわたしは仕事以外のことは食事も着替えも入浴もできず、遺品と各種書類の山に埋もれて悄然としていた。このままでは先が長くないと一計を案じてセブ島へ留学したのが11月。帰国した12月は年末年始で慌ただしかった。


正直いまになってさして面識もないもちおの友人に会ってどう振る舞えばいいのか、寡婦歴の浅いわたしにはわからない。わたしは寡婦マナーに疎い。もっといえば彼らに対する怨みもあった。


わたしは彼らに、少なくとも友人1には「もちおに会いに来てほしい」と何度も声をかけていたし、もちおは帰省するたび彼らに会おうと声をかけた。友人1は告知まもない頃わたしにせっつかれて一度やって来たが、最後に連絡したのは一年前だ。あの日友人1は「仕事明けだし、正月で親戚が来ているから」ともちおの訪問を断った。もちおは友人1のために自作したパソコンを持ってきていた。


確かに急な訪問だった。でも二度と会えなくなるかもしれない切羽詰まった友人に顔を見せるための10数分すら作れないなんてことがあるか。そんなの友人といえるのか。もちおがどんなに寂しい思いをしたか想像したことがあるか。よくもあの状況で短いテキストとスタンプを送って済ませられたな。お前の血は何色だ。


わかってる。友人1はもちおと険悪だったわけでも、悪意があったわけでもない。ただただ迂闊で、友人が死にかけているという現実から目をそらして、元気だった頃のもちおの体力や気力をむやみに礼讃して自分をごまかし、世事にかまけて友に会うことを先延ばしにしていたのだ。


彼らは目の前でやせ細っていくもちおを日々凝視していたわたしとは違う時間の中にいた。いまわたしが自分の小さな世界を守るため、全世界の呻き声から耳を背けているように。


でも友達だろ。数え切れない夜と昼をともに過ごして語り合った仲だろ。その友達が恐怖のどん底で死にかかっている中、おまえに会いに来たんだぞ。よくももちおを無碍に扱ったな。


9月に会ったら何をしたかわからない。



我が家には仏壇がない。いろいろ考えた末、先月ふと思うところあって寝室の飾り棚に小さな写真立てともちおが愛用していたカップ、香立てと蝋燭を置くことにした。


来客を寝室に招くのはどうかと思い、今日は書斎にありもので小さな祭壇を作った。


「後悔していることがひとつだけあって」書斎机に置かれた骨壷を前に友人1がいった。「俺にパソコンをやるって何度もいってたのに、都合つけられなくて。考えてみたら、あの頃俺は腐ってたから、あいつはそれを心配して何とかしてやろうと思ってたんじゃないかって」


「そうだよ」わたしはいった。「『あいつはゲーム好きだし、やりたいこともあるんだから、スペックのいいパソコンあったら張り合いが出ると思うんだよね』っていってたよ。『そこから大会でたり、そのために金貯めたり、色々できると思う』って。どうして会わなかったんだよ」わたしは怒りを隠そうともせずにいった。


「最後に行ったの去年の1月だよ。もっちゃんどんなに寂しかったか」


友人1は床を見つめている。


わたしは泣きながらもちおの最期の話をした。話しながら一生忘れないと思った数々のエピソードの細部がびっくりするほど思い出せないことを知った。書けばよかった。後先考えないで書いておけばよかった。もう一緒に思い出す家族はいない。


わたしは怒っていたけれど、もはや復讐の鬼ではなかった。ただただ悲しくて、悔しくて、不公平だと思った。ひどいよ。あんまりだよ。


もっちゃんの友達のくせに。もっちゃんに出会って友達になれるなんてすごい特権なのに。もっちゃんはすごくいい人だったのに。もっちゃんは死にかかってるときに、あんたみたいな馬鹿にパソコン作って持ってくような人だったのに。逆だったら絶対あんたの顔を何度も何度も見にいったのに。もう二度と会えない。


いうだけいって、泣いて、車座に座って珈琲を飲んだ。珈琲カップは3つ。友人1、友人2、そしてもちおの分。もちおは珈琲豆を挽いて珈琲をいれるのが好きだった。コーヒーミルを使うのはもちおが珈琲を飲まなくなって以来だ。


わたしはもちおが彼らの訪問を喜んでいることを知っていた。今朝支度をしている間中、もちおが妻の肩ごしにうきうきしている気配があったからだ。「生きている間に来てくれたらよかったのに。どんなに喜んだか」と考えるわたしの心に「今日うちに友人1と2が来るな。楽しみだ」と満面の笑みを浮かべるもちおがいた。もちおは友人に会うとき自分が生きているか、死んでいるかなんて些末なことにはこだわらない男になったらしい。


わたしはもちおの持ち物のいくつかを「死蔵せず使ってもらえるなら」と友人らに渡した。それからふと思いついて「これから、カラオケに行こう」といった。


「え…?」
「よくない?歌うの嫌い?」
「いや、好きだけど」「好きです」
「よし、じゃあいこう。わたし最近ひとりカラオケばっかりだし」


わたしは二人を近所のカラオケボックスへ連れて行き、三人で二時間ほど歌った。初対面の友人2はもちろん、顔なじみの友人1とも、もちおが生きていた間は個人的に親しくやり取りしたことがない。当然カラオケにいったこともない。でも今日はなぜかこの面子で昼間からカラオケボックスで歌合戦をすることはこの上なく自然に感じられた。もちおがいると思った。楽しそうだった。9月には想像できなかった弔いの会だった。


「友人2さん、わたしたち結婚したときわたしにmixiで意地悪したでしょ」
「え!…」
「もっと早く知り合えたらよかった。きっと仲良くなれたのに」
「これからでも遅くないですよ」
「そうですね。こちらへお見えになったら気軽に声をかけてください」


わたしは二人を駅でおろしてジムへいった。そして「だいぶ声が出るようになったから、次から坂本真綾を練習するぞ」と思った。



もちおがどんどん死んでいく。毎日まいにちもちおが死ぬ。死んでいることが自然になり、生きていたときが奇跡に思えてくる。そして最近では死んだまま、わたしの人生を温めてくれるようになってきた。


死んだまま、愛してるよと何やかやと伝えてくる。しあわせになって。しあわせにすると、あの手この手で伝えてくる。