夫を亡くしてセブ島に留学することになった その6

セブへ来るなり過酷なアジアの現実を突き付けられて帰りたくなったというエントリーにブクマがついた。 

夫を亡くしてセブ島に留学することになった その4 - はてこはときどき外に出る

ワロタ。これ広告になんのかな? どう考えても皆逃げちゃうだろ。でもまぁ続きが楽しみだ。がんばれー

2018/11/05 12:27

b.hatena.ne.jp

せやろか。今回わたしはブログ掲載を条件に奨学金を出していただいているわけですが、書いたらいけないことなどNG条件あったかなと事前にいただいた資料を改めて読み返してみた。好きに書いたらええと書いてあるが、忖度せいという話やったら詰む。

 

さて、授業のあいまにオフィス前のソファに座っていたらマネージャーさんがやってきて、社長の森田裕さんからお話があるという。

phil-portal.com

検閲に引っかかったんじゃろうか…!「どうしたの?何かあったの?ひとりでいいの?」とせわしない母をおいて社長室へ向かう。

 

「はじめまして。かんどーさんとはお知り合いなんでしたっけ?」

「いいえ、かんどーさんとはブログで、はてな村でやりとりする仲で」

「ああ、そうでした、村があるんですよね」

ええ、村があるんですよ…。ところで、ブログに何か問題がありますでしょうか。

 

「いえ、自由に書いてください。今回の企画の目的にはより多くの人に学校を知ってほしいということもありますが、この学校に面白い人がたくさん来てほしいんですよ」

「こんなに調べないで来る人は珍しいですが、来てみてびっくりするのはもうそのままのことですよね。それでだんだん慣れてくる人もいるし、かんどーさんみたいにセブに惚れこんじゃう人もいるし、そうでない人もいるでしょう」

 「食事にしてもカリキュラムにしても、ここでこれだけのことをやってきたのはある意味奇跡というか、すごいことだと思っています。だから何を書かれてもダメになるようなことはないという自信があります」

 

というわけで、これまで通り心おきなく見たまま感じたままを書き続けたいと思う。

 

「いやー怒られるかと思って心配したわ」

「はてこでも心配することがあるのね!」

 母はなぜかうれしそうである。ご存じないようだけれど、あなたの娘はしょっちゅうあれこれ心配している。心配事のひとつはあなたさまのことである。今回も長い。

 

 

早め早めに行動したい時差がある母 

入学初日はレベルテストとオリエンテーションで一日が終わる。朝食がはじまるのは7時である。早め早めで余裕をもって行動したい母はこの日朝6時55分に部屋へやってきた。どうりで目覚ましが鳴らなかったわけだ。いい加減にしろ。

 

「『早め早め』でわたしの睡眠時間を削るの本当にやめて」

「じゃあママひとりでいくわ!」

寝不足とフラストレーションで脳の血管が切れそうになりながら朝から親子喧嘩である。結局一緒に食堂へいったのだが、まだ開いていない。驚いて自分のスマホを見るとまだ6時である。母のスマホを見るとこちらは7時過ぎ。7時と偽って6時にやってきたと思っていた母は5時にわたしを起こしにやってきたのだった。早め早めに動きたい母のスマホは日本時間で一時間早く動いていたのだ。

 

設定>時間>日付と時刻>タイムゾーンから自動設定にチェックを入れて現地時間に合わせる。さすがの母も珍しく小声で謝ってきた。しかし失われた睡眠時間を回復する暇はない。無駄に早くやってきた食堂でようやく朝食が提供される。外は俄かに土砂降りである。

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朝は人が少ない。

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スタンドで雨宿りするライダーたち。

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みるみる土砂降りになる。

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そしてすぐ小降りになる。車道を命懸けで渡り、午前中はTOEIC試験である。

 

TOEIC試験

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会場には昨日到着した40人弱の生徒が緊張した面持ちで座っている。講師は英語で試験の説明をする。この時点で説明が理解できない生徒は詰む。詰んだからといって恐ろしいことが起こるわけではない。ただ午前中いっぱい眠くて頭が痛くて座りっぱなしで大変だというだけだ。

 

はじめに一人ずつ呼ばれて5分ほどのマンツーマンでテストを受ける。制限時間以内に長文を読むテストが二つ、写真を見て状況を説明するテストが一つ、最後に講師からの三つの質問に答える。受けた質問は「あなたはどんなラジオ番組を聞くか」「ラジオをどこで聞くか」「ラジオからどんな情報を入手しているか」だった。

 

次にマークシート方式で録音音声を聞き取るテストが15分、75分の書き取りテストがあった。これが長い。そのあとに30分の英作文がある。

 

聞き取りのはじめは楽勝だったが、みるみる「は?何いってんだ」という話題になる。それでも聞き取りは次々読み上げられるので一心に耳を澄ましてその都度真剣に考えていたが、書き取りになると脳が英語を言語として受けとめることを拒否しはじめた。模様。これは模様。英文は呪文である。

 

手元で時間を見ると10時半だった。試験開始から二時間半でわたしの集中力は完全に切れた。「早め早め」で余裕を持つためわたしの余力を根こそぎ奪った母が心底恨めしい。

 

読み取りテストは図を見て状況を把握する問題もあるので、興味が持てそうな問題がないかテキストを眺めているうちに落書きがしたくなってきた。もうだめだ。どうせビギナークラスに入るのだ。いっそホテルへ戻って眠りたい。しかし昼にはまた命懸けで車道を渡って食堂へいかねばならない。

 

昼食はわかめスープと八宝菜、ふかしたサツマイモとキャベツのおひたし、スイカだった。あいかわらずの給食味で異国にいるとは思えない。どれも美味しかった。

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オリエンテーション

午後は担当スタッフと新入生自己紹介、そしてオリエンテーションがある。眠い。帰って眠ろうか。でも帰るには車道を渡らないといけないと思うと帰る気が失せる。

 

新入生は8割以上日本人で、数名のフランス、ロシア、フィンランドからの生徒がいた。スタッフには台湾人も多い。たまたまかもしれないけれど、交通の便がいいのに韓国人がひとりもいないのが意外である。

 

二週間から二カ月まで滞在期間も幅広い。留学目的にTOEIC試験対策を上げる一群の生徒がまぶしい。他は旅行や仕事で英会話ができるようになりたいなど様々で「夫が死んだのでまいにちご飯を食べようと思って来ました」といったのはわたしだけだった。

 

自己紹介の際して互いに呼びかけやすいように English name を決める。タイやフィリピンの名前は発音以前に聞き取るのが難しい。日本名も外国人には発音しづらい名前がそこそこあるのでEnglish name は授業を円滑にすすめるためにも大切だ。母はこうした趣旨を理解していなかったようで、なぜか「日本人以外は発音しにくいだろう」という名前をチョイスしていた。源氏名じゃないんだぞ。

 

校則

3Dアカデミーは英会話のための学校であり、生徒たちは学生なので学業の妨げになることは固く禁じられている。校則破りは制限、罰金から退学までペナルティがある。罰金はデポジットから引かれるので踏み倒すことはできない。校則の一部は以下の通り。

  • 異性の部屋へ入ってはいけない
  • 講師と深い仲になったり、二人きりで出かけてはいけない
  • 同性の部屋であっても23時以降は入ってはいけない
  • 部屋でアルコールを飲んではいけない
  • 喫煙所以外で煙草を吸ってはいけない

  →路上での喫煙は罰金対象で、回数を重ねると投獄される

 これを聞いて「留学は禁煙、断酒にもいいんじゃなかろうか」と思ったが、喫煙所は賑わっているそうだし、近隣のバーまで飲みに行く生徒もそこそこいるとのことだった。夜這いはNGだが深夜まで開いている自習室があるし、そっちも賑わっているのかもしれない。

 

カフェとセブアノマダムたち

オリエンテーションで本館、新館、そしてモールの上にある別棟のクラスを案内してもらうと本当にもうクタクタだった。しかし夕方レベルチェックテストの結果が出てクラス割りが決まるまで通りを渡るわけにはいかない。

 

わたしたちはオリエンテーション中に替えたばかりのペソを使ってこじゃれ感あふれるモール内のカフェで休むことにした。カフェアメリカーノは90ペソ、ブルーベリーチーズケーキは100ペソ、合わせて約360円である。

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ペソの計算と紙幣と硬貨の額がまだ頭の中で結びついておらず、レジでわたわたしてしまった。ようやく席に着くと、隣の席のマダム4名がマンゴーを食べている。

 

カフェでマンゴーが出るの?

 

店内を見まわし同様のメニューを探して店員を呼ぶ。どうやら125ペソ、約250円でマンゴーに餅米とホットチョコレートを添えたセットがあるらしい。ちょっと思いつかない組み合わせである。顔を見合わせてあれこれ話し合っているわたしたちに隣の席のマダムらが真剣な顔で「これはね、炊いたお米よ。これにホットチョコレートをこうやってつけて食べるの。セブ流よ。おいしいのよ」と英語で話しかけてくる。

 

「美味しい」はタガログ語で「マサラップ」である。「マサラップ?」と返すと少しびっくりした顔で「マサラップはタガログ語よ、セブアノじゃラミっていうのよ」とまたしても真剣な顔で熱心に語りかけてくる。

 

「セブはタガログ語じゃないの?」

「ノー。タガログはマニラ、セブはセブアノ語よ」

へー!

 

ここから会話がはじまって、どこから来たのか何をしているのか、住まいは職業は、とお互いの自己紹介がはじまって一気に話がはずんだ。4人のマダムはみるからに成功者という貫禄があり、顔つきも自信に満ちて生き生きしている。職業を聞くとバリバリのキャリアウーマン、というより実業家である。こじゃれカフェで涼む人たちは違う。

 

「セブを観光した?」

「車の往来が怖くて学校とホテル以外どこにもいく気になれない」

「んまー!じゃ、タクシーがいいわ」

マダムたちは顔を見合わせて気の毒そうにうなづいた。

「grab taxi がいいわ。ホテルでいえばわかるから。grab taxi は安全よ」

マダムは道を渡らずタクシーを使うのか。

 

わたしたちは互いにメールアドレスを交換し、笑顔で別れた。気が付くともうクラス分けが張り出される時間だ。珈琲とケーキはとても美味しく、マダムらは勢いがあって話していて楽しかった。とくに母にとってこのひとときはたとえようもなく楽しいものだったようで、店に入るまえとは打って変わって瞳がキラキラしている。

 

「本当にすてきな人たち。いろいろ話せて楽しかったわねえ、こんな出会いがあるなんて。珈琲飲んでよかったわね」

「帰るっていってたけど、気が変わった?」

「変わった」

 

母はかれこれ5年のあいだ、ひとりでコツコツ学び続けていた英語を使ってだれかと話がしてみたいと毎日思い続けていた。その夢がようやく叶った。英語が通じて、会話が続いて、互いに知り合う機会ができた。

 

学校にはまだまだ話したことのない外国人がたくさんいる。わたしたちもここでは外国人だ。世界を知る機会がたくさんある。道が埃だらけで強烈な排気ガスで覆われていても、信号がなくても、ホテルにバスタブがなく、日本から後生大事に持ってきた歯磨き用のジェットウォッシャーが壊れてしまっていても。

 

オフィスで時間割を受け取り、張り出された講師のプロフィールを確認していたらふいに頭の中で流れた歌が口をついて出た。うろ覚えの「Easy come&Easy go」だった。もちおはB'zが好きだった。少し歌詞が違う。

 

泣かないでBABY 涙をふいて またはじまる また生まれる

 

すぐそばでもちおが歌で呼びかけている。少し泣いてしまった。