もちおに贈ってほしいもの

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今朝、お花をいただいた。


PCで表示されるブログのサイドバーに「くたびれはてこ夫妻」宛てのほしいものリストと、「くたびれはてこ」宛てのほしいものリストをリンクしている。もちおの闘病期間中、ミドリムシの力や無農薬有機栽培インスタントコーヒーやギーなどたくさんのお見舞いをいただいた。本当にありがとうございました。とてもうれしかったし、ありがたかった。


長期間の闘病は寂しい。
職場からも趣味の集まりからも親戚づきあいからも遠ざかり、友人知人との行き来もなくなる。社会との接点は病院のみで、ここでは気楽な話題はない。


もちおは通院、入院の帰り道、「帰りにツクモ電器へ寄っていい?」といつも言った。そして信じられないくらいのパソコンと周辺機器を買い込んで、文字通り書斎を床から天井までいっぱいにした。


ツクモ電器でのもちおはガン患者ではなく、パソコンと周辺機器に詳しいお得意様だった。ツクモ電器とオークション、フリマがもちおの唯一の社会との接点で、これと仮想通貨の掲示板やブログ読者とのやりとりをあわせたものがもちおがガン患者ではなくもちおでいられる場所だった。


「こんなに買い込んでお金大丈夫なの?部屋がめちゃくちゃだよ。片付けてよ」
「いまお腹が痛いんだよ、本当にしんどい。あとで片付ける」


もちおはいつもそう言って、とうとう片付けないまま肉体を後にした。薄々予感していた通りこれらの片付けはわたしの仕事になった。「オークションで高値がつく」と買い込んだ機器の大半は何がなにやらわからないままツクモ電器に引き取ってもらった。


でも、これはもちおの社交費だったんだね。ツクモ電器にいくことが、仮想通貨について学ぶことが、自動売買やbotについて学ぶこと、システム構築の勉強をして試行錯誤することが、もちおが息をつける時間、かつての自分といまの自分を繋げる時間、取り戻す時間だったのだから。


もうもちおは珈琲もいらないし、ミドリムシも飲まない。「くたびれはてこ夫妻」にはほしいものがない。リンクも外した方がいいかもしれない。「夫が闘病中」を「寡婦一年生」と書き換えながらそう考えると胸に迫るものがあった。


その時ふと「もちおにお花を贈ってほしい」と思った。誰かもちおを悼んでほしい。もちおの不在を嘆いてほしい。もちおを覚えていてほしい。


「あんなに一生懸命仕事なんかせんでよかった。俺は間違っとった。友達を作ればよかった」6月のある日もちおはそういった。もちおには近年本当に仕事繋がり以外のつきあいがほとんどなかった。そして現場を離れて三年近い知人の死に気がつく人もあまりいない。


それが可哀想で、可哀想で仕方がない。文字通り身を粉にして、昼夜を問わず、寝食を後にして身体を壊すまで働いていたのに。


でも職場はもちおの人生のすべてではない。もちおには家庭もあったし、病んでから後もささやかな社交場があった。そこでもちおが知り合った人たちにもちおがこの世を去ったことを伝えることは出来ないけれど。


お花を贈ってくださってありがとうございました。ブログを通じてあなたがいくらかもちおの人生を知ってくださり、覚えていてくださったらうれしいです。もちおを思って泣いてくれる人がいることはいまのわたしの慰めです。いつかもちおがどんなに愉快で面白い人だったか、愛情深く、馬鹿みたいに妻を愛していたかを、いまとは違う気持ちでわたしがあたたかく思い出せる日が来るまで、あなたがもちおをときどき思い出してくれたらうれしいです。


そして生き残ったわたしに栗とモロヘイヤ玄米パスタを送ってくださった方、いただきました。久しぶりに火を使いました。なんかね、ご飯食べなって思ってくれてる人がいる証拠みたいに思うから、がんばって食べようと思えるの。生きる側に立っていようと思えるし、まだひとりじゃないと思えるの。


ときどき甘えさせてください。