細々した看護

母の誕生日。蕎麦を奢って午後に病院へ。病室はワンランク下の有料個室になり、応接セットがなくなって幾分殺風景だった。

 

もちおは痛みに呻き苦しむだけでなく、数時間置きに立ち上がってトイレで血反吐を吐く。嘔吐の咆哮は聞く人の耳と胸を悪くするような響きで、吐いているもちおがどれほど苦しいかがわかるまでわたしは冷淡にも「せめて周囲に聞こえないように配慮してほしい」と思ったほどだった。

 

もちおはよくわたしがこっそり食事を摂ろうとしている最中に吐きはじめ、その後わたしの顔をみにやってきて、自分がいかに苦しいかを語った。わたしはそれを食事を制限するよう当てつけられているように感じたのだ。「わたしも生きていかなきゃならないの、わたしが食事ができるように吐くなら吐くで少し考えて」と訴えたこともあった。もちおはショックを受けた顔で「わかった、ごめんね」といった。本当にかわいそうなことをしてしまった。

 

後日わたしが自分の想像力のなさに気が付き謝ったとき、もちおは吐くことを忌み嫌われてどれほど孤独だったかを泣きながら明かした。「はてこさんにああ言われたとき、もちおは本当に世界でひとりぼっちになってしまった気がした」と、もちおは大粒の涙をぽろぽろこぼしていった。

 

とはいえ大部屋の病人とその家族にもちおの嘔吐に対して寛大な理解を求めるのは難しい。昼夜を問わず大音量で血反吐を吐く末期がん患者はうるさいだけでなく、不安と恐怖を煽る。そのようなわけで緊急時のやむを得ない措置として個室に案内されたことは我々にとってもほかの入院患者にとってもラッキーだった。

 

もちおは何も食べられなかったが、ひとくちサイズのロックアイスをほしがったので、わたしは通院のたびにロックアイスを切らさないよう気を付けた。大粒ではだめで、複数のコンビニをまわってもちお好みのロックアイスを探した。

 

また身体にいいと差し入れられた湧水のペットボトルを冷蔵庫に入れ、すぐ飲めるよう水筒に入れておくこと、ベッドの上で口を漱ぐためのトレイにビニール袋を被せ、その上にペーパータオルを敷いておくこと、ティッシュペーパーとペーパータオルを並べておくこと、痛み止めを打った時間を記録するシャーペンとメモ用紙を固定しておくことなど、細かい要求が山ほどあった。

 

もちおが口にたまった唾を吐くたびにさっと口元にトレイを差し出し、汚れた口元をティッシュで拭いてビニール袋を取り換え、新しいペーパータオルをセットする。ミネラルウォーターをコップに用意して口を漱がせ、それ用の別の容器に吐かせて容器を洗う。もちおが飲むための水をほしがったら湧水をペットボトルから氷を入れたグラスに注ぐ。

 

これを一時間に何度もやる。この循環に落ち度があるともちおは気分が落ち込むらしく、常に新しいセットが用意されていることでいくらか満足があるようだった。

 

いうまでもなくこんな細かな要求は看護士に頼めない。わたしは面接時間いっぱい、片時も休む暇なくあれこれ世話を焼いた。もちおが眠れば手足をさすり、目を覚ませば口元を凝視して次に何を用意すべきか注意を払った。

 

「吐きそう、皿をとってくれる?」

「口を漱ぎたいから水をもらえる?」

「少し氷を舐めたいんだけど、あるかな?」

 

もちおはこんな風に声をかけては来ない。声を出すには腹筋を使うので腹が痛むのかもしれないが、もともと人に頼み事をするのが苦手で、とはいえ自分でやることもできないせいか、これまで以上に察してほしがることが増えた。

 

こうした病院での世話に加えて、もちおが家に残してきたオークション出品に関する頼み事があった。地震でもあったのかと思うほど散らかった書斎に入り、うず高く積まれた空き箱と所狭しと散らばるビデオカードの中から特定のメーカーの特定の商品を探し、落札者に送らなければならない。わたしはヘトヘトに疲れて自宅を病院と宅配所を回った。「がんばろう、がんばろう」と独り言を言いながら、疲れていようが体力なかろうが自分がやるしかないと思った。何しろ自分は末期がんじゃないんだし、もちおは末期がんなのだ。