最後の治療入院

一昨日抜いたばかりの腹水が早くも耐え難い量になり、朝一で緊急入院することになった。

 

もちおは昨晩からほとんど眠ることができないほど悶え苦しんでいる。痛み止めのモルヒネを数時間ごとに点滴に注入しているが、胃がんの痛みは軽減されても腹水の圧迫感にはまったく効果がない。

 

もちおはもともと察してほしがるところがあったが、無視しようがないほど痛みと苦しみを訴えてはきても、病院へ連れていってほしい、医師に連絡をとってほしいといった具体的なことはなぜか何も頼んでこない。これがとても困る。痛くても家にいたいのか、医師に連絡して救急車を呼んでほしいのかといったことがわからない。それを尋ねるたびに顔をしかめ、こちらを睨んで「これだけ苦しんでいるのに、そんなこともわからないのか」という顔で唸る。

 

わたしはうつらうつら眠りに入りそうになるたびもちおの呻き声に起こされ、どうすることもできないまま背中をなでさすって夜が明けた。夜が明けたら病院へ電話して、腹水を抜いてもらおうか、と声を掛ける。もちおはベッドの上にうずくまり、渋面のまま無言で頷く。

 

「わかりました。念のため入院の準備もしてきてください」と医師にいわれる。わたしはすっかり慣れてしまった入院のための手回り品を支度しながら、今日は腹水を抜いたら帰ってくることになるだろうと思っていた。いつもベッドが空くまで待たされるのだ。おそらく当初の外来の日に仕切り直すことになるだろうと。

 

もちおはわたしから医師の返事を聞くと、いままでの苦しみが一瞬で消えたかのようにすっくと立ちあがって着替え始めた。一刻も早く病院へいって、この苦しみから逃れたいという気持ちがそうさせるのだということが、この頃にはわたしにもわかるようになった。

 

「いってきます」も何もない、ただただ慌ただしく気のせく出立だった。それがもちおが生きて家を出る最後の姿だった。

 

結果的にわたしの予想は外れ、もちおは医師のはからいで豪華な応接室のような有料個室に緊急入院することになった。もちおはこの日痛みのために診察用の椅子に座っていることもできなかった。床に崩れて椅子にすがりつくもちおに普段やかましい看護士が血相を変えて車椅子を持ってきた。

 

入院手続きを終えて部屋へ戻ると医師らがベッドを取り囲んで腹水を抜いていた。穿刺するため処置室と病室を往復するだけの体力がもちおになかったのだ。腹水を抜いたあとも、もちおは痛み止めのモルヒネを注入するフラッシュボタンを片時も離さず、左手に握りしめていた。痛み止めを打ってから朦朧として意識が混濁する数分間だけが、この頃もちおが息をつけるひとときだった。意識が戻るとすぐ次の痛みの波への恐怖が襲ってくる。

 

病室の前の通路から玄界灘の夕陽が見えた。これまで入院中になんども二人で夕暮れどきにこの窓に並んで夕陽を眺めた。胃が完全にふさがり、病院食が摂れなくなってからの夕暮れ時は配膳の時間になってもやることがなく、茜色の雲と波間のあいだに輝く夕陽を見ていると刻々と病が進行しているという恐ろしい現実が嘘のようだった。

 

有料個室からの眺めはとりわけ豪華だったけれど、いまはもう「もっちゃん、来て。きれいだよ」とは言えなかった。