尋ねないサービス

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珈琲はとくに好きではないけれど、珈琲一杯でランチくらいの価格設定のお店にときどきいく。気軽なレストランのディナーくらいする珈琲もある。ネルドリップだ、サイフォンだと派手な淹れ方をするわけではなく、使い込まれたプラスチックのコーヒーフィルターにペーパーフィルターで淹れる。これが抜群に美味しい。厚い一枚板のカウンターの向こうでは常にいくつもの薬缶が静かに湯気を立てており、ときおりマスターがレコードを裏返す。

 

母を何度も誘うけれど、母はさるスノッブなマダムからいい店だと聞いて以来、金持ちが小指を立てて鼻高々でカップをつまむ店だとでも思っているらしく、「あんなお店に着ていく服がない」という。気持ちはわかる。通り沿いにひとめみたときからすてきな店だと思ったけれど、わたしもドアを開けるまでにしばらく時間がかかった。目利きの珈琲通が集まる常連だけの隠れ家喫茶で場違いな思いをしたらどうしようと思った。

 

通ってみていると案の定、常連らしき客は見るからに上質の普段着をさらりと着こなした初老の夫婦や仕立てのいいジャケットを着た経営者風の中高年男性など、いい暮らしをしてそうな人が少なくなかった。微かに聞こえてくる話題も違って聞こえる。

 

が、さらにしばらく通ってみると、この店に集まる人は実にさまざまだということがわかった。普段は7イレブンの100円珈琲でちょっと贅沢をした気分になり、スターバックスの珈琲は質のわりに高いとぶーぶー思う暮らしをしているわたしたちにも店の居心地はいい。500円のラテは浪費だと思うのに、この店では一度も値段が高い、浪費したと思ったことがない。

 

塵一つない磨き上げられたガラス窓も、数えきれない上質なカップも、手短に話されるカップにまつわる歴史や逸話も、大きく膨らんで割れ目から湯気を吹き出す豆の香りも、店のそこかしこにさりげなくいけられた四季折々の花々もすばらしい。ほのかな明るさもバッハのレコードもいい。なによりマスターの距離感が絶妙なのである。

 

普段マスターは注文以外のことは何も話さない。注文をすませると少し離れた席でカトラリーを磨いたり、片づけものをしたりしながら黙っている。奥の小部屋へ引っ込んで事務作業をはじめてしまうこともある。客はみな小声で話す。物思いにふけりながら黙って珈琲を飲んでいる人も多い。

 

しかし不思議なことにこのマスターの「いらっしゃいませ」という慇懃な一言にはなんともいえない絶妙な親愛の情が込もっている。別段ニコニコしてくれるわけでも盛大に歓迎してくれるわけでもない。むしろ珈琲を入れる横顔は修道僧のような厳しさである。

 

マスターひとりでやっているので、忙しいときは手が空くまで黙って待つ。マスターは抜け出すようにそっとやってきて小声で「カップはどうしますか」「ブレンドでよろしいですか」「お砂糖とミルクはなしで」といつもと同じ質問をする。それすら身内扱いされているように感じて光栄な気持ちになるのだから、いったいどうなっているのかと思う。

 

店が暇になると偶にマスターと話し込むことがある。季節の花のこと、店のこと、食器のこと、話題はさまざまで、どの話も興味深い。そういう話が聞けた日は「わたしたち、もしかしてこの店では常連さんなのでは?」「ちょっと昵懇の仲なのでは?」と思い上がりたくなるような得意な気分になり、夫婦で家まではしゃいで帰る。

 

しかしわたしたちはごく最近までマスターの苗字すら知らなかった。家も知らないし年齢も知らない。尋ねられたことがないので、こちらは職業も年齢も明かしていない。通い始めて一年ほど経ったころだろうか、「暑中見舞いを送りたい」と芳名帳を出され、以来夏は洒落たアイスコーヒーの暑中見舞い、冬はホットコーヒーの年賀はがきが届く。しかし顔と名前が一致しているかどうかはわからない。

 

もちおが闘病生活をはじめて平日昼間に店へいくことが増えた。

 

先日病院帰りに店へ寄ったら、ツナギの作業着を着た男性がテーブル席で話し込んでいた。顔が弟に似ていた。男性は店をでるとき「今日はいい人が見つかりました」と笑顔でいって、マスターに若い男を紹介した。

 

弟に似た男性はまだ若かったが自分で会社を経営しているそうで、面接をするときはこの店を使うのだそうだ。「事務所にいきなり連れていきたくないんすよ。ここでお祓いしてもらってからね」と笑顔でいう。確かにこの店の清浄さは荘厳な神社や森に似ている。

 

わたしは一杯1000円近い珈琲を面接で出し、人材を見極めようとする弟似の男性に好感を持った。人好きのする、応援してやりたくなるような明るさと一途さのある男だった。もちおは男性の職業を聞いてふと顔をあげ、珍しくマスターと男性の会話に横から割って入り、仕事の話をはじめた。男性は自然にもちおをまじえて会話をはじめた。

 

「へえ、そうだったんすか。いまはどんなお仕事されてるんすか」

あ、と思った。

「俺はいまは闘病人」もちおは笑い顔を作って答えた。

「え?本当に?冗談じゃなく?え?え?どうして?いつから?」

「あー、一昨年告知されてね」

「え、本当に?」

「いまも病院の帰りだよ。もう死にそうでさあ」

「え、糖尿って死ぬの?甘いもんとか食ってたんすか?」

「いや、闘病だよ、病気と闘ってんの。がんだよ。スキルス胃がん

「えー、えー・・・そうなんだ・・・」

 

男性は眉根を寄せて顎を撫でながら落ち着きなく身体を揺らした。何かいってやりたいけれど言葉がでてこないようだ。マスターはカウンターの向こうでほんの少し奥に下がり、目線を落として聞こえない風で黙っていた。わたしはもちおと男性の両方が気の毒でいたたまれない気持ちになり、会話に加わって話を別の方へ向けた。

 

男性は名刺をくれて「俺、いま運気爆上げっすから、きっと俺に会って旦那さんの運も上がりますよ!」と景気のいい声とやさしい瞳でもちおの肩を叩いてから店を出て行った。何年もこの店に通ってきたけれど、こんな風に他の客と話したことはこれまで一度もなかった。

 

店内が静かになるといつの間にか奥へさがっていたマスターが戻ってきた。「あの方、いい方でしたね」とわたしはいった。本心だった。けれども彼を悪く思っていないと伝えることで気まずさを和らげたい気持ちもどこかにあった。話が聞こえていたのかどうかわからない。あの距離なら聞こえていたに違いない。でもマスターはいつの間にか席を外していた。

 

「ええ、仕事熱心でねえ、なかなかいい人が見つからないといっていましたが、久しぶりです。あんな風に笑顔を見たのは」マスターがこたえた。「この店には本当にいろいろなお客さまがいらっしゃいますね」とわたしはいった。「ええ、本当にいろいろなお客様が来てくれて」マスターは京都訛りでこたえた。「ここに店出してもう45年になりますが、開店当初から通ってくださるお客さんもいますよ」

 

「母がこの店は畏れ多くて入れないっていうんです。着ていく服がないって。でもさっきの方のようにツナギで来られる方もいらっしゃるし、わたしたちも普段着のままでお邪魔しているし、いろいろなお客さんが来ているから大丈夫だって話すんですけど」マスターは笑った。

 

「確かにいろいろなお客さんがいますねえ。でもこっちからお客さんのこと、絶対聞かないようにしてるんですよ」とマスターはいった。

 

「私達が夫婦で店を閉めてからどこか飲みにいくでしょう、そこの店で仕事なんですかって聞かれたら、もうその店にはいかないですよ。お客さんもそうでしょう。会社の名前出したら看板背負わないといけなくなる。そしたら店でゆっくりできないでしょう」

 

ハッとした。

 

ほんの一瞬で、どこに住み、何の仕事をして、いま闘病中で病名はなんで死にそうだとまで明かすことになってしまった先ほどの弟似の男性の他意のない質問が、どれほどお互いを気まずくさせたことだろう。質問は会話を弾ませると信じられているけれど、立場を明かすことが人を追い詰めることもある。場を持たせようと気を回し、よかれと思って質問をして、いっそう耐えられない事態を招くことがある。

 

「確かにそうですね」

「だから絶対聞かない。言いたくなったらお客さんは自分からいいますから」 

 

そうか。だから居心地がよかったのか。そしてそれはマスターが意識的に貫いてきたサービスだったのか。マスターの配慮のおかげでこの店ではどこの何者でもない自分でいられたのだ。それがわたしをくつろがせていたのか。

 

「黙ってひとりで飲んで帰られるOLさんもおられますよ。そっとしておきますけどね、帰るときに『元気でました』といわれます。何で元気になったかわかりませんけど」

 

マスターはもちおの病気については触れず、いつものように何気ない楽しい話をいつもより長く話してくれた。創業45周年のこの店は来月一杯でビルの解体に伴い移転する。椅子のシートの革一枚、棚板一枚の厚みにもこだわったこの店が解体されると聞いたときは涙が出た。「使えるものはなるべく残して、新しい店に使うようにいってあります」マスターはいった。「なるべくいまと同じように。ただ、新しい店はバリアフリーにして段差をなくします」

 

創業からの思い出話は文字通り裏話にまで及んだ。「カウンターの上のこっち側に、商売の教訓がいろいろ貼ってあるんですよ。アルバイトがいた頃に書いたものだからもう黄色くなってますけどね」マスターは張り紙を笑顔で読み上げた。

 

「『いらっしゃいませ』から『ありがとうございました』で八百五十円」