白髪友だち

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30代の終わりにふと気づくと髪の内側に白髪が急に増えていた。それまで白髪は四つ葉のクローバーのようにどこかにあるだろうけれど滅多に見ることのないものだった。ところが試しに探してみると、春先のつくしのように繁みを分け入って探せばいくらでも見つかる。抜いてみると20~30本くらいあった。「ねえ見て!」と抜いた白髪をもちおに見せると、もちおは悲壮な面持ちで「地肌から髪を抜くなんて」といった。もちおは頭頂が不自然に薄くなりはじめていた。

 

その後白髪は一部頭頂に近いところにも姿を現すようになった。内側はとても抜ききれない量になり、抜くともちおが痛そうな顔をするので放置しておいたらさらに目立つようになった。

 

「よしきた、これからはヘアカラーを楽しむぞ」とヘアマニキュアをかけたら、びっくりするほど髪が痩せた。わたしの髪は固くて量が多く乾かしづらい代わりにしっかり乾かせば形状記憶が効き、寝ぐせも手癖で簡単に収まるのが利点だった。ところがヘアマニキュアをかけたあと細くなった髪は腰がない猫毛になり、毎朝手を入れないと寝ぐせが収まらない。

 

こわい。あと、めんどくさい。

 

以後、わたしは髪を染めないことに決めた。染める手間とお金が惜しく、染めて髪が痩せるのが惜しい。現在白髪比率が微妙な移行期にいる。傍からどう見えているのかわからないけれど、自分では耳回りでグラデーションになっている白髪をなかなか気に入っている。

 

母方の祖母はいま思えばまだ50代からほとんど白髪で、それが祖母のいかにも鋭く賢そうな面立ちによく似合っていた。祖父はさらに若い頃から銀髪で、母は両親と同じく白髪を染めていない。母は長年悩みの種だった天然パーマとようやく折り合いがついたようで、白黒入り混じったモノトーンのウェーブを飾りのように揺らしている。敬愛する父方の祖父もわたしが物心ついた頃にはほとんど銀髪だった。そしてわたしは祖父母の銀髪がすきだった。

 

しかしあちこちで頻繁に白髪染めの広告を目にすると「フォーマルな場で女性のすっぴんは失礼」に近い圧力を感じることもある。子供のころは社会に出たら女性は化粧をするもので、それは楽しいものだと思っていたが、何度か試してみた結果、自分には化粧をして得られる結果とそのための手間暇と資金が釣り合わないという結論が出た。おそらくこのまま冠婚葬祭など特別な必要がない限りは化粧をしないで天寿をまっとうすると思う。仕方がない。わたしには化粧をする生き方は合わないのだ。

 

もしかしたら現代において白髪を染めることは靴を磨いたり、毛玉をとったり、服にブラシをかけるように、あるいは爪を整えたり*1、眉毛を整えたり*2、無駄毛を手入れしたりするように*3、身だしなみのひとつと考えられているのかもしれない。仕事上の信頼に関わるだろうか。それはどの程度の損失だろうか。

 

さて、先日マカティーを送ってくれた親戚系のお友達は年齢が近い。

 

時々短いはがきを送りあい、あとはSNSでたまにスターをつけあうだけでメールやLINEのやり取りもなく、知り合って10年、電話をかけたことも一、二度しかない。大人になって顔を合わせた従妹のお姉ちゃんくらいの距離感。

 

その彼女が先日仕事の休みをとって飛行機の距離を突然泊りで会いに来てくれた。「具合はどうですか」といったことは何も言わず、もちおと三人でドライブをして、お気に入りのカフェで珈琲を飲んで、とくに病気と関係ない色々な話をした。

 

彼女はここ数年ヘアドネーションのために苦労して豊かな髪を透かずに伸ばしていた。前回会ったときは平均的なポニーテールくらいの立派な二つのおさげを両サイドに垂らしていたが、去年両おさげを無事に奉げ、今回は短く切った髪を小さくまとめていた。軽やかな襟足が春らしかった。

 

空港で別れを告げたあと今日の日を思い返した。何も言わなかったけれど、彼女は貴重な有給休暇をとってもちおとわたしを見舞いにきてくれたのだ。そんな人いない。もらった入浴剤が貴重で霊験あらたかなものに思えた。たくさんの言葉が浮かぶけれどまとめることができない。

 

三人で満開の桜の木立のあいだを歩いたときのことをもちおと話していて、ふと彼女の髪もまた黒白入り混じっていたことに気がついた。自身の信念のために伸ばした髪も、さっぱりした短いまとめ髪も、どちらも彼女らしく魅力的だった。 

 

「ねえねえ、白髪染めてなかったね」

「ああ、そういえばそうだね」

「はてこと同じだね」

「そうだね」

「お友達だね」

「そうだね。そうかもね。似てるところ、あるね」

 

人知れず美味しいと思っている世間で人気がないお菓子を、友達が食べているのを偶然みたような気持ちだった。実際のところ彼女がなぜ白髪を染めていなかったのかはわからない。ただわたしはそのままの髪の彼女がきちんとして信頼に値する大人の女性であったことに、大いに満足した。お友達だ、と思った。

*1:もちろんネイルアートとも縁がない。

*2:普段は前髪で隠れるだろうと高を括っているが、必要に迫られるとたまに整える。

*3:眉毛に同じく