「もうレシピ本はいらない」ではじめるぬか漬け暮らし

岩田屋リブロでこの本を買った。手料理を作るだけの頭と手足の連携が取れてきた今日この頃、非常に魅力的な書名だった。本を要約すると、「日々の料理は旬の野菜を切って干すか、ぬか漬けにしておけば、あとは炊いたご飯とみそ汁で食事は済む」ということだ。おしまい。

 

2年前ぬか漬けキットを買ったものの、夫の看病に伴う食生活の変化と調理スタイル、生活スタイルの激変で糠漬け生活はとん挫しいていた。半袋だけ残った糠と青磁のぬか漬け容器は捨てる踏ん切りもつかずそのままになっていた。 そもそもわたしはぬか漬けが好きではない。夫の身体にいいかと思って闘病熱に浮かされて買ったのだ。しかしぬか床を育てるだけの手をかけることができなかった。

セットは違うけどこの容器。

 

しかし今回はなんとなくいける気がした。著書である稲垣えみ子さんの「アバウト!万歳!アバウトよ!永遠なれ!」という熱い思いに背中を押されたのだ。近所のスーパーで糠が無料配布されていたのも幸先がいいと思った。かくして人生二度目のぬか床チャレンジがはじまった。

 

「ぬか床が育つまで1~2週間から数カ月かかる。それまで野菜くずを捨て漬けせよ」とwebや本には書いてあるが、打倒几帳面アバウト派の精神に則って最初から食べるつもりで大根を漬けた。あらかじめ塩や椎茸粉、唐辛子など混ぜ込んであるキット付属の糠に水を混ぜ、耳たぶくらいの固さになったところで輪切りの大根を突っ込む。糠を早く発酵させるため、容器は冷蔵庫に入れない。

 

果たして翌日ぬか床から掘り出した大根は間違いなくぬか漬けと化していた。何をもってぬか漬けとするのか定義は人によって違うようだけれど、掘り出した大根は明らかに単なる塩漬けとは違う奥深い味がした。いける。続けて人参、茄子と王道の野菜を漬けた。人参も大根も皮のまま、茄子はヘタつきのまま漬けた。美味い。鰻屋の、とまではいかないが、店で出されるぬか漬けとも、昔親戚の家で出された古漬けとも違う新鮮な味がする。

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粥を炊く小さな土鍋に無洗米と雑穀を適当に入れ、打倒几帳面アバウト派らしく適当な水加減でガスで飯を炊く。稲垣さんは「玄米でないなら浸水しないでいい、米より一関節分水を多めに入れて火にかけ、蓋を開けたまま水が減るまで加熱して、水気がきれたら蓋をして一瞬強火、そのまま消して蒸らす」という水加減ガン見炊飯をすすめていた。

 

これまで土鍋で飯を炊くことはあったが、「何分水浸、沸騰したら何分強火、弱火何分、蒸らし何分」に気がとられ、鬱陶しく気ぜわしい思いをしたので、「蓋を開けて様子を見ながら水気が飛ぶまで加熱」は肩の荷が下りるようだ。

 

何度か試したが、やはり白米もしばらく浸水した方が炊き上がりがいい。みそ汁と漬物の支度をしながら少し米を水に漬けておき、蓋をした鍋を中火にかけ、吹きこぼれない程度にごとごとやる。水気がなくなって鍋が大人しくなったら火を止める。それだけ。

 

味噌汁は干し野菜、干し茸を中心にあるものを鍋で煮て、火が通ったら味噌を溶かす。鰹節や煮干し、昆布などの出汁も要らないと稲垣さんはいう。わたしは鰹節で出汁を取るのがすきなので沸騰した鍋に鰹節を入れて弱火で煮だして味噌をとく。米を蒸らすために火からおろし、空いた火口にみそ汁の鍋をかける。

 

何が楽だといって、野菜は漬物を切るだけですむということだ。これがどんなに楽なことなのか、やってみてはじめてわかった。野菜料理は焼くだけ、煮るだけの肉や魚料理と比べて大変なのだ。肉や魚も捌くところからなら大変だろうけれど、いまどきの肉や魚は皮も鱗もはいで内臓もとって食べやすい大きさに切られている。一方野菜は洗って(流しの泥を流して)皮を剥いて(皮をまとめて捨てて)食べやすい大きさに切って(まな板と包丁を出して洗って片づけて)煮炊きして(煮炊きした鍋窯を洗って片づけて)ようやく皿にのせられるようになる。

 

一方漬物はぬか床から出して切るだけ。他に何も要らない。ぬか床に納まりさえすればかなりのものが何でもぬか漬けになる。茹でた人参の葉、茹でたほうれん草、干し椎茸、トマトなんかも美味しく漬かる。赤カブは色も形も可愛らしい。そしてどれも生の時とは違う、なんとも深みのある味わいがある。

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古漬けは炒め物にしても美味しい。エリンギのぬか漬けが美味しいと聞いて、いま生椎茸を漬けている。茹で卵や蒟蒻も美味しいそうだ。

 

ビタミンB!や乳酸菌をはじめぬか漬けによって摂取できる栄養素はさまざまにあり、快腸、快便にもってこいだと誰もが書いている。これはわたしも身をもって体験したので断言できる。ぬか漬けは腸を喜ばせる。それだけでなく、女性の場合は膣の炎症やトラブルにも効果が期待できる。こんなに便利で美味しいのに身体にもいいなんて一大発明なんじゃなかろうか。なぜもっと注目されないのか不思議なくらいだ。

 

不思議ではない。なぜ注目度が低いかといえばいうまでもなくぬか床の管理が大変だからである。「美味しかった、美味しくなあれ」と毎日せっせとぬか床をかき混ぜては野菜を漬けながら「いうほど大変でもないな」と思っていたが、漬け始めて10日を経て何が大変なのかようやく少しわかってきた。

 

わたしが買ったぬか床容器は2.5Lほどの容量で、糠と野菜1kgずつほどしか入らない。1kgくらいのぬか床は野菜を取り出すたび、かき混ぜるたびにみるみる糠が減る。漬けだして3日ですぐに糠を足しはじめ、すでに1kgくらい追加したのではないかと思う。いまの味に不満はないが、こんなに入れ替え激しくてじっくり熟成する日が来るのだろうか。

 

また少量のぬか床は底が浅く、空気に触れない部分が少ないため、過発酵しやすい。過発酵するとアルコール臭がするし、ぬか漬けが不味くなる。これを防ぐためには塩を増やしてかき混ぜる回数を増やすことだが、塩が増えすぎると塩辛くなるし、かき混ぜる手が荒れる。またかき混ぜすぎると菌が増えない。

 

5kgくらいの容器になるとぬか床が安定するそうだが、これ以上大きくなると冷蔵庫におさまらないので、暑くなると管理が大変になる。そして我が家はマイニングマシンの放熱で半裸で冬を過ごしたほど暖かい。おかげでぬか漬けがどんどん漬かるが、過発酵まで一直線だ。

 

が、この程度の悩みで止める気になれないほどぬか漬けは美味しい。そして尾籠な話で恐縮だけれど、腸と膣の調子もいい。腸の状態は気分を左右するというが、「ぬか漬け食べよう!」と思うときのあの高揚感は腸内細菌の喝采から来るものだろうか。このところぬか床に漬ける野菜を見繕わなければという意気込みで野菜売り場を覗いている。

 

いまは野菜を取り出したあと、数日置きにぬか床をボールへ開け、縁に着いた糠をきれいに洗い落とす。様子を見て塩と煎り糠を足し、よく捏ねて新しい野菜とともに容器に戻している。外出する日やアルコール臭がする日は冷蔵庫に入れる。

 

「人生の危機は歯痛のようだ」とマリラ・カスバートはアン・シャーリーにいった。「痛いときは地獄のように思えるが、痛みが治まっているあいだは人生のこだまを楽しむ余裕があるものだ」と。我が家はいま危機にあるけれど、ぬか床には人生のこだまがある。糠もぬか床も人生も捨てるには惜しい。