自覚のない天使

ひとりで暮らしていた頃のこと。

 

ある日の真夜中、ひとりで「生きるのがつらい、もう明日を迎えたくない」と身も世もなく泣き崩れていたら電話が鳴った。2時くらいだったと思う。びっくりして涙が引っ込んだ。何事だ。

 

「いま、電話くれた?」

電話をくれたのはそのころひそかに熱烈な片思いをしていた男性だった。立場的に電話番号を交換してはいたが、個人的な電話をもらったことは一度もない。

「いいえ、どうしてですか」

「いま泣きながら電話をかけてきた女の人がいて、話しかけたんだけど、切れちゃって」

わたしからだったのではないかと思ったのだとその人はいった。

 

わたしは何が起きていたかを何も話さなかったが、喉から心臓が飛び出るような思いだった。こんな時間に彼の家に間違い電話があったことにも驚いたし、その電話を受けてなぜかわたしからだと彼が思ったことにも驚いたし、大泣きしているタイミングでこのすべてが起きたことに心底驚いた。奇跡だと思った。神様。

 

これを機にわたしたちは個人的な電話をするようになり、つきあうことになった。

 

という展開だったら素敵だったのだけれど、そんなことはなかった。しかし彼は、彼がそれを自覚しているかどうかは別として、人生のある時期にわたしを助ける役割を引き受けてくれたひとりだったと思う。

 

わたしは深夜の絶望状態から一瞬で解放され、ときめきと感謝と喜びに満たされて眠りについた。問題は何も解決していなかったけれど、彼の声を聴けたことがうれしかったし、こんな風に予想外のところから助けがあらわれることがあるのだと思うと、自分の手の及ぶ世界がどうにもならないからと絶望することはないと思えた。

 

こういう通りすがりの天使は人生のいたるところにあらわれる。

 

この一週間、もちおの入院見舞いに通っていた。帰ると何もできない。外にでても道を間違えたり、予定を間違えたり、散々だった。もちおから洗濯物を受け取る。

「明日タオルと着替えを持ってきてね」

「わかった」

持っていける着替えがあったかどうかわからない。洗濯物をして干して畳んでしまう気力があるかもわからない。まず家に帰りつける自身がいまあまりない。でもそんなことをいっても仕方がないからニッコリ洗濯物を受け取って帰る。

 

通いなれた一本道をなぜか迷い、車線変更でおろおろしながらなんとか帰り着く。荷物をまとめて椅子におろし、隣の椅子で膝を抱える。コートを脱ぐ気力もない。食事も思いつかない。入院以来ずっとこうだ。明日どうするよ。ていうか、今夜どうするよ。

と、電話が鳴った。

「もしもし、おえねちゃん?」

妹だった。LINEでやり取りはしているけれど、電話が来るのは何か月ぶりだろう。

「どうしてる?」

「いまもっちゃん入院中で、いま帰ったところ。そっちは」

「それがさあ・・・」

妹は仕事の悩みを話し始めた。

 

わたしは電話をしながらコートを脱ぎ、ストールをコート掛けに戻し、食器を棚にしまい、シーツと枕カバーをはがし、ほかの洗濯物とあわせて仕分けして洗濯機のスイッチを入れ、洗っている間に乾いた洗濯物を畳んでしまった。

「わかったよ、それでやってみる」

「うん、応援してるよ」

「そっちも大変だと思うけど、具合はどう?」

「そうだな。口内炎が出来て食事がね・・・」

妹は嫁ぎ先に化学療法経験者がいるので、話がわかる。自分の悩みを話すだけでなく、こちらにも水を向けて話を聞いてくれるところが母と違う。

 

洗濯機のスイッチを入れると洗濯機がしゃべる。

「いまのなに?」

「うちの洗濯機、しゃべるのよ。『いつもきれいにしてくれて、ありがとう!』とか」

「へー!」

「電話しながらだと家事はかどるわ」

「わかる。あたしもいま台所片づけながら電話してる。あ、帰ってきた」

電話の向こうに甥と義弟の声がする。「じゃあ、また」「またね」

 

天使が来たなとわたしは思った。天使は自分がどれほど人を助けているか知らない。

 

去年よく通ったカレー屋の入り口に教祖のイタコ芸で有名な某団体の映画ポスターが貼ってあった。わたしはその教団にいいイメージを持っていないのだけれど、そのポスターを目にするたびに心を強くする思いがした。ポスターには「天使はみすてない」と書いてあった。

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