浪費図鑑

浪費図鑑―悪友たちのないしょ話― (コミックス単行本)

浪費図鑑を贈っていただき、小躍りしてもちおに見せびらかし、一日持ち歩いて夢中で読んで、とても楽しい時間を過ごしました。ありがとうございました。

 

面白い本だった。Amazonレビューが異常に厳しいのは何か裏事情があるのか。

「この薄さでこの値段では割に合わない」と書いている人がいたけれど、同人誌だと思えばこんなものなのではなかろうか。わたしは面白かった。

 

以前「費目によらず、支出は消費と浪費と投資にわけてつけろ」と書いている本を読んだ。しかし演劇やライブ、ホストや同人誌に資力をつぎ込むことが消費か浪費か投資かを区別するのはなかなか難しいんじゃないかとこの本を読んで思った。

 

先の本の中にも「一時的に支出が増えても、結果的に生活が豊かになるならそれは投資」とあった。わかりやすいところでは資格試験の参考書や自動車教習所などがそうだろう。ところが資格そのものは人生を豊かにしない。学歴もそうだし運転免許証もそうだ。とはいえ資格を持っていることで選択肢が広がり、人生が開けてくることもある。「ペーパードライバーで終わるなら浪費、タクシー運転手になるなら投資」といった具合に一概にいえない。

 

一方、お金を趣味にかければ、かけた瞬間から人生は豊かになる。夢中になるもののために生きている、これのおかげで明日もがんばれる。そう思えるものがあるのは幸せだ。

 

無駄を省こう、無駄を省こうという考え方はときに貧しい。収入に直結しない支出を減らせば豊かになるという発想は、初期のPC開発者が処理を軽くするために音域や色数を減らそうと躍起になっていたのと似ている。聞こえないはずの音、識別できないはずの色が減るとき、どことはいえない何かがそれを感知する。新鮮な感動は色あせ、魅力は半減する。

 

いわゆる「結婚は無駄遣い」「育児は贅沢」「ペットに金をかけるのは異常」という考え方はその典型だ。手元に残る資金と家族は簡単に等価交換できない。逆説的だけれど、夢中になれる趣味があれば家族はいらないという人たちにとって、趣味にかける資金は簡単に等価交換できないものだ。*1

 

この本のいいところは説教めいたこざかしい分析を挟まず、ただただ沼にはまるオタクたちの恍惚としたレポート、自虐とも自慢ともとれる自分語りをひたすら掲載しつづけていることだ。泣くほどほしい本、のたうち回るほど好きなアーティスト、最後にこんなに何かにメロメロになったのはいつだっただろう。

 

わたしにはストリップを見るために新幹線で遠征する独身で年長の女友達がいる。彼女は廃れ行くストリップ文化の最後の灯を見届けようと、少ない休みをやり繰りしながら過密スケジュールで他府県へ向かう。ストリップだけではない。年間に劇場で見る映画は3桁におよび、どこへいっても見たい芝居、見たい展示、食べたいもの、行きたい店がある。都内へ出ても宿泊先と仕事先の往復で、全国チェーンで食事をし、駅のホームと車内の吊り広告でぼんやり展覧会告知を眺めているわたしが知る東京と、彼女が知る東京はまったく違う町だ。

 

これは浪費だろうか。投資?しかし彼女はそこから何か回収して、「元を取る」気でいる様子はさらさらない。彼女は趣味以外の分野ではいたってつましい暮らしをしているが、彼女の精神はまさしく貴族だ。彼女は金になるかならないかと金勘定で浅ましく趣味や学びを選んでいないのだ。

 

ところでこの本を読んで、スケオタ、つまりフィギュアスケートファンがはまる沼こそもっとも金のかかる場所だと言われる理由がやっとわかった。録画して国内のチケットを取るどころじゃないのね。海外遠征について回るのね。世界を旅するのね。おっかけのスケールとチケットの価格を知ってびっくりした。

*1:そこで生まれる人間関係こそ家族的な温かさをくれるものという場合もあるし。