関東唯一のアイヌ料理店 新大久保「ハルコロ」でルイベを食べた

先週ひとりで東京へいって、アイヌ料理を食べてきました。

 

アイヌについては去年のナコルルの件から思うところがあり、そこから日本という国を見つめなおすことになった。見聞きし、感じたことをまとめきれないでいる。

 

今年に入ってTwitterを眺めていたら、「アイヌには料理がない」とアロンアルフアも真っ青な粘着力で執拗に言い募る人たちと、それに反論する人たちが出す資料の数々が目に入った。

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そこで繰り返し出てきた「ルイベ」という料理が気になったので、東京へいったついでに食べてきました。

 

アイヌ料理店「ハルコロ」

新大久保駅を降りて、少し新宿側へ戻ったところにある。

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「鹿肉」の看板が出ているのが店の前。

早く着きすぎて店の前に旅装束で立っていたので店主にぎょっとされた。 

店内。居酒屋さんです。

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スペースシャトル式に四方八方あれこれ貼ってある。

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清里」とあるので山梨は八ヶ岳のリゾート地かと思ったらお酒の名前だった。

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入り口にアイヌの着物。 

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ルイベあるよ、ルイベ。

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メニューの裏。残念ながらこの日ここにある素材は食べられなかった。

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ルイベとアイヌ料理

ルイベとは秋口に獲れる生鮭を切り身にして軒先に吊るし、寒暖の差を利用して水分を抜いた保存食。現在では生食用の鮭を冷凍庫で凍らせる方法が主流なのだそう。

 

冷蔵庫が登場するまでは塩漬けでない生の鮭を保存して食べる方法は他になかったんだって。いわれてみれば冷凍庫ないあいだは生魚の流通は腐敗との戦いだったはず。舗装されていない道を自動車も使わず食べられる状態で運ぶには創意工夫が必要だったことでしょう。数か月前には存在すら知らなかったルイベだけど、いまやわたしは竹の子の灰汁ぬきよりルイベの作り方の方が詳しい。でも味は想像できなかった。

 

というわけで、昼間からランチメニューを無視してルイベを頼みました。

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うん…冷たい刺身だね…。

 

日本の刺身は魚臭さを消すためにあれこれ工夫をするけれど、この日食べたアイヌ料理は全体的に磯の香りを含めて味わうもののように感じた。強いお酒が合いそう。わたしはほとんど飲めないうえにこのあとがんばって羽田へ出て飛行機で帰る予定だったので飲むのはやめた。残念。

 

チポロイモ。蒸かしたジャガイモにイクラを合えてある。味はイクラの味だけ。

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オハウ。豚汁の鮭版みたいなもの。汁物をオハウというのかな?強烈な磯の香り。

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ランチメニューはアイヌ料理ではなかったので単品にしたけれど、鹿肉丼や鮭丼なんかもあります。丼ものはそれだけでお腹いっぱいになりそうだし、鹿は屋久島に限ると思って頼まなかった。鹿にうるさい女になりました。 

 

単一民族国家幻想の終わり

はじめは奥で料理していた男性ひとりだったけれど、途中で女性がやってきて給仕に会計に忙しくしていた。女性の背中と腰回りがフンベシスターズとどことなく似ていて、顔つきにも独特のものがあることに気がついた。でも以前にアイヌに出会っていなかったら気づかなかったと思う。アイヌの女性なのかな。

 

わたしは知識として琉球アイヌのことを知っていたけれど、これまで日本を単一民族国家だと思っていた。ロシアや朝鮮や中国の血が流れる「日本人」はいても、異文化をルーツに持つ異民族が日本で暮らしているという認識はまったくといっていいほどなかった。異民族とはどこか遠い国で暮らす言葉も通じない人たちだと思っていた。また中国やベトナム少数民族を弾圧していることを他国の問題だと思っていたし、ナチスドイツのユダヤ人迫害とその後の軌跡も対岸の火事として見ていた。

 

帳簿をつける女性の手元を見るともなく眺めながら、この人がアイヌだとすれば、この人はわたしの先祖が絶滅寸前に追いやった民族の生き残りなのだと生まれてはじめて思った。また、その陰惨な歴史をなかったことにしようとするだけでなく、アイヌはもはや存在しないとか、そもそも継承に値するような固有の文化を持たなかった、料理をする習慣すらなかったとまで騒ぐ人たちが自国にいることについて考えた。

 

差別を自覚することは自国の歴史と自分自身を糾弾する否定的な行為だと思う人がいる。わたしはそうは思わない。何が差別で何が人の権利なのかを考える上で過去の歴史を無視することはできない。たまたまそんなことを考えなくても困らない立場に生まれただけで、もっと早くから知って、自分の生き方を考えておいてもよかった。

 

名誉白人として有色人種を、名誉男性として女性を、そして名誉和人として異民族を迎えようとするのは傲慢なことだ。固有の文化や生理的な作りを、また思想や伝統や哲学を尊重することは、その方が有利だからとマジョリティに同化させることとは真逆だと思った。

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帰りは新宿駅まで線路沿いを歩いて帰った。5年前まで新大久保へは毎年人間ドックで通っており、17年前、わたしはこの線路沿いにある木村屋のそばの会社で働いていた。新宿に出た交差点に映画「A.I.」の広告が大きく出ていたことを思い出す。

 

プロバイダーは海外資本で、国外からの問い合わせに答えながら遠い国にいる日本人のことをよく考えた。いまは国内にいる異民族のことを日々考えている。いろいろなことが変わった。まだ上手く言葉にできない。

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kutabirehateko.hateblo.jp