読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヘイトスピーチの話題にルッキズムを持ち出す人たち

web日記 弱者と強者に思うこと

アイヌ、忍者、インド人、ハゲ

『アイヌ殺す』は少数民族であるアイヌへのヘイトスピーチだ」と書いたところ、「これに置き換えて考えればそこまで深刻なものではないことがわかるはずだ」と複数から候補にあげられたものがある。忍者、インド人、そしてハゲ。

 

前者二つがゲーム脳からの発想だということはすぐにわかる。「『汚いさすが忍者汚い』はお約束だ」*1と説明しに来る人、ストリートファイターズの人気キャラクターであるインド人ダルシムを指して「『ダルシム死ね』、あるいは『インド人死ね』を見てインド人は目くじらを立てるだろうか」という人。

 

忍者は職業である。過去はともかく現代は忍者になるかどうかは出自で決まるものではなく、選択できるもののはずだ。忍者を中傷することが問題になるかどうかは現代の忍者が職業として蔑視され、法的に不当な制限を課されているかどうかが争点になる。かつての肉屋や役者のように、過去に差別の対象であったけれど、現代そのような蔑視の対象でない職業もある。しかし仮にセックスワークや肉体労働者など現代社会で蔑視されやすい職業を指して同様の様式をおおっぴらに愛用すれば批判される。

 

ていうかね。忍者とアイヌ一緒にするって民族の誇りをキャラクター属性程度にしか考えてないってことでしょ。本気か。

 

「インド人死ね」は間違いなくヘイトスピーチになる。ただし核保有国でもあり、世界人口に占める割合の上位にいる大国インドと、和人に土地を奪われ、国土すら持たない少数民族アイヌを同等に考えることはできない。まして先祖が絶滅寸前に追いやったアイヌを和人が「アイヌ殺す」と公の場で軽々しくいうのはあまりに軽率で無神経だ。ドイツ人が「ユダヤ殺す」と公の場に書いたらどういう問題になるかを考えてみればわかる。

 

ではハゲはどうなのか。

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る

A「俺強すぎ」B「死ねよハゲ」第三者「ハゲに失礼だ!」AB「は?」うん、クソリプだな。/ああ、例え話はいかんな、やっぱり齟齬が出る。もう想像力が足りないってことでいいや。

2016/09/07 16:58

ハゲとは毛髪が少ないことで、これは身体的特徴だ。身体的特徴を個人の主観であげつらうのは誉められたことではない。*2しかしハゲがマイノリティかどうかはともかく、ハゲにかなりの社会的強者が含まれるのは間違いない。孫正義をハゲ呼ばわりする人の大半は彼より社会的に弱い立場にいる。

 

ナチスがユダヤ人、同性愛者や障碍者、思想家を皆殺しにように、ハゲを根絶するために動いた国家があるだろうか。また日本にそのような歴史があるだろうか。ハゲには土地を買わせない、仕事に就かせない、ハゲは進学すべきでないといった社会的なスティグマを国をあげて押し付けられたことがあるだろうか。これらを考えるなら「アイヌ殺す」を目にしたアイヌと「ハゲ殺す」を目にしたハゲを同列に語ることはできない。

 

しかしどういうわけか格差や差別について語るとき、当該の属性の問題ではなく、容姿を蔑視されることを見過ごしていいのかと執拗に迫る人がしばしばいる。一人や二人ではないのでこの際わたしがそれをどう思うか書いておく。

 

ルッキズムに固執するひとたち

かつて女性差別的なポルノについてエントリーを書いたとき、ポルノ好きな男友達の腋臭が臭ったという一文から「腋臭を中傷している」とえんえん絡んできた人たちがいた。*3腋臭は臭い。これは事実だ。臭くない腋臭、臭わない腋臭は腋臭とは呼ばれない。人を中傷するときに臭いと揶揄することがあるが、腋臭そのものは肉体的特徴に過ぎない。強い体臭を好むか嫌うかは個人の趣味の問題だ

 

アイヌとハゲは同列に語れない」に対する反応。 

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る

id:migrant777 ハゲを民族だと思ってんの?id:oskimura ハゲは虐げられつつも雇用教育居留婚姻の自由があるわけだけど、なんで民族名じゃなきゃOKだと思ったの?id:backnet ハゲの妻としてハゲ蔑視とアイヌ弾圧は同列に語れないわ

2016/09/07 17:42

b.hatena.ne.jp

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る

???「日本死ね」/民族名じゃなけりゃOKならLGBTや障害者、ムスリムに対するヘイトスピーチはどうなるのよ?ハゲも遺伝要因じゃないのか?/ハゲにも障害者にも部落民にも雇用教育居留婚姻の自由は「法律上」はある

2016/09/07 18:02

b.hatena.ne.jp

ナコルルが強すぎてムカつく人たちによるアイヌヘイトスピーチ - はてこはときどき外に出る

被差別属性+殺す(or 死ね)みたいな発言は、発言者の意図が言葉通りでなかったとしても不快になったり怖くなる人はいるよなあ。/と思ったら容姿差別は別みたいなブコメで差別と表現問題マジ根が深いな、と。

2016/09/07 18:20

b.hatena.ne.jp

*4民族としての尊厳を奪われたアイヌとハゲを同列に語れないということが、なぜムスリムLGBT障碍者差別、容姿差別の是認になるのかまったくわからない。これまで性的志向や容姿で人を偏り見ることの馬鹿らしさを何度もブログに書いてきたけれど、そこでアイヌ差別はいいのかとつっこんできた人はいなかった。

 

また「同性婚を認めるのはわがままだ。平等を目指すなら高身長と低身長が同等に扱われるよう法律で規定しなければといった話になる」といった人もいた。

 

差別は過去や他国との比較で判断できるものではないという話題に「メディアが美男美女を優遇することは見過ごしていいのか」と言い募ってきた人がいる。

 

女性差別と腋臭を、アイヌ差別とハゲを、同性婚と低身長を、貧困と容姿を*5同列に語ることはできない。後者は主観による趣味の問題で、人の主観を国家が一致させ、法的に介入するのは不可能だからだ。美醜に関する感性はあきらかにメディアや文化に影響を受ける。しかし個人の美的感覚や好き嫌いを法的に規制することはできない。

 

ルッキズムを解消するには

昭和の求人情報には年齢や性別と並べて「容姿端麗」と書かれていることがよくあった。この文言を外すよう規制することはできる。しかし容姿が重要視される職業をなくすことはできないし、そうする必要もない。もちろん職業的に求められる能力が身体的特徴となんら関係ない場面でのえり好みは不適切だ。とはいえ外見にあらわれる社会性や生活レベル、知的能力を完全に無視して雇用せよというのは現実的ではない。

 

また障害による欠損や人種的な特徴を揶揄することと、容姿を中傷することを同列に語ることはできない。後者は悪質な個人攻撃ではあるが、ヘイトスピーチの定義に該当しないとわたしは思う。ヘイトスピーチとは人種、出身国、宗教、性的指向、性別、障害などに基づいて個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱する発言や言動のことである。容姿の見劣りは障害に該当すると考える人もいるかもしれない。しかし十人並みの容姿と、生活に支障をきたす障害に該当するレベルで見劣りするグループをどうやって公平、公正に定義するのか。まあ、もしかしたらどこかの頭のいい人が思いがけない定義でグループを特定して、保護する法律をすでに作っているのかもしれないけど。あったらぜひ知りたい。

 

差別的行為とは悪意による攻撃ではない。また悪意による攻撃をすべて差別行為とすることもできない。人は対等どころか目上の相手にも悪意ある攻撃を向けることがある。他人の容姿を中傷するのは間違いなく品性下劣で卑しむべきことだ。しかし個人間のやりとりに関していえば、これを正すことができるのは文化的教育と各自の良心の働きで、法の介入ではない。

 

ルッキズムの苛烈さを軽く考えることはできない。木嶋香苗があれほど注目を浴びたのは彼女の詐欺の手口の巧妙さもさることながら「こんなブスなデブが結婚詐欺を働くとは」ということだった。マスコミはこぞって彼女の画像を取り上げ、躍起になって木嶋を中傷した。「別海から来た女」は引用するのも不快なほど侮蔑的な言葉に満ちている。美醜が量刑に影響するという話もある。高身長と低身長で入れ替わりに同じ店に入る様子を隠し撮りした番組で、店員の態度が露骨に違ったという話もある。容姿は間違いなく人の人生を左右する。見栄えのいい人を連れ歩きたい、見劣りする人間とは関わりたくないと臆面もなく口にする人は少なくない。

 

けれども人種、性別、性的志向、教育、文化的背景も同等な相手の容姿を見下し、態度を変えるという下劣さと、人を一律属性で括り、社会的な権利を抑圧することとを同列に語り、後者の話題に前者の話題を持ち出すのは見当違いだ。前者の悩みは後者より軽いということではない。このような悩みは社会的な階層のどこに位置するかによらず必ずあるもので、社会的な階層をなくそうという運動では解消できないからだ。*6

 

ルッキズムを拒否すること

というわけで、以後差別の話題に容姿の悩みをつっこんでくる人にはこのエントリーのURLを伝えることにする。なぜかこういう話を持ち出すのは男性ばかりなんだけれど、女性が日々どれほどおおっぴらに容姿を品評されているか、少し考えてみてほしい。わたしはルッキズムのバッシングを受けずにいられる立場ではない。年齢差別も受けるしな。

 

女性たちはこうした押しつけに抵抗して声をあげた。それは現実のお仕着せにある程度効果を及ぼしている。また他者から評価されるためではなく、自分自身を愛し、魅力的に装うことに方向を転換しつつある。誰にどういわれるかに関わらず、容姿に個性の違いがあるのは必ずしも悪いことではない。

 

だいたい貧困や性差別、人種差別が解消される社会の方が、ルッキズムからも自由そうだけどね。ルッキズムがなくならない限りそっちの話題には乗らんみたいなひと見ると、そりゃ遠回りだわと思うわ。どっちが先という話じゃないからね。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:元ネタ

*2:聖書には預言者をハゲ頭呼ばわりした子供がクマに食われるという話がある。

*3:コメント欄で「差別だ、中傷だ」と絶望的な障害を中傷されたかのように騒ぐ男性と、「腋臭があるのはふつうだし、対処すればすむことなのに何を怒っているの?」と返す女性の対比が興味深かった。

*4:このあと数時間に渡ってアイヌとハゲについてやりとりすることに。

*5:話は派生して絶対的貧困と相対的貧困という話題に及んでいた。

*6:容姿は変化するけれどヘイトスピーチの対象になる属性の多くは個人の意思で変えられないしね。