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「道徳の時間」からの卒業

エッセイ的なもの 弱者と強者に思うこと

差別的な行為を指摘することを断罪、糾弾と結び付けたり、差別的な言動は止めるべきだと発言するのは押しつけ、強制だと考える人がけっこういる。また「差別」という言葉は「いじめ」や「虐待」と同じく著しい人格的欠陥を指す言葉だと考えている人、「差別」「いじめ」は伝家の宝刀であり、無条件無批判で人を屈服させるために使われる言葉だと考えている人もいる。なんでじゃろ。

 

差別的思想は社会の条件付けで身に着くもので、訛りや方言と同じだ。差別行為のあるものは確かに暴力的な犯罪に属すけれど、すべての差別行為が悪意から出るものではない。要するに差別的な思想を持って差別行為に及んだというだけでは人を悪人呼ばわりすることはできない。しかし人は自分の言動を「それは差別だ」と指摘されると、はなはだ感情的になり、おまえは救いようのない極悪人だと名誉を棄損されたかのような反応をすることが多い。*1

 

これは差別とは何か、差別行為とは何か、それがどんな問題をはらんでいるのかを明確に教えない小学校の道徳教育に原因の一端があるのではないかと思う。おそらく多くの子供は漠然と、「差別はいけないこと」「恥ずかしいこと」「悪いこと」「すれば人から責められること」だと教わる。この点同等教育は性教育と似ている。なんだかわからないけれど、わかっていなければいけない。質問するのは恥ずかしい。間違えば糾弾される。子供たちはそれぞれなんとなく、「大人から叱られる悪いことが差別なのだろう」と考える。

 

ダイコン禁止令

小学二年生のとき「おダイコンさん」と呼ばれていたAちゃんという女の子がいた。Aちゃんはほがらかで、面白くて、誰にでも分け隔てなく友好的にふるまうので、男子にも女子にも人気があった。「ダイコン!」「おダイコンさん!」と休み時間になるとみんながAちゃんを遊びに誘う。

 

ところがある日、担任が学級会を開いておダイコンさんを前に立たせ、彼女をダイコンと呼ぶのはやめましょうといった。彼女が太った身体を蔑称で揶揄されてどんな気持ちがするか考えてみましょう。担任はそういって、Aちゃんにそれがどんなに嫌なのか正直に話すよううながした。Aちゃんは困惑していた。いわれてみればAちゃんはふくよかな方ではあったが、我々七歳児はAちゃんが太っていてみっともないと思ったことも、彼女のあだ名を「大根足」という暴言と結び付けて考えたこともなかった。

 

Aちゃんは気後れしながら「私は、嫌ではないです」といった。担任は「みんなのことを思って我慢している。なんてやさしい。もう二度と彼女を大根と呼んではいけない」と会を締めくくった。

 

休み時間になり、おダイコンさんをどう呼ぶかをめぐって七歳児たちは教室の隅に肩を寄せ合い、小声で話し合った。「Aちゃんがダイコンなんは、AちゃんがOさんだからやろ…」幼稚園違いでわたしは知らなかったが、Aちゃんが大根と呼ばれるようになったきっかけは苗字に大という字があったからだった。

 

Aちゃんをダイコンと呼ぶことがAちゃんの身体を揶揄する差別だ、というのは教師の「太った子はみっともない」という偏見から来たものだ。Aちゃんにそれを思い知らせる必要があっただろうか。あるいは「サクランボちゃん」「桃さん」ならよかったのかもしれない。大根は大根足に繋がるからダメだというのは担任の中の常識で、大根自体にはいいも悪いもない。しかし七歳児たちはおぼろげにこうしたもやもやを抱えながら、「でも先生はダメっていうから」と思うしかなかった。

 

こうした一方的な差別の糾弾をこの教師はよくやった。*2

 

黒い肌

関東で「だるまさんが転んだ」で知られる遊びがある。わたしたちはそれを「インド人の黒んぼ」として覚えた。一時期「インド人の黒んぼ」は大流行し、休み時間になるとクラス中の子が柱に向かう鬼の前で静止してブルブルふるえていたころがあった。

 

すると担任は学級会を開き、「インド人を黒んぼと呼ぶのは差別でいけないことです。今日からみなさんはこの遊びを『○○組がんばれ』と呼ぶことにしましょう」といった。○○というのは教師の名前だった。「インド人の黒んぼ」は禁止するが、「○○組がんばれ」なら同じ遊びを継続していい。むしろよそのクラスにも教えてあげましょう。その授業以降「インド人の黒んぼ」は廃れた。また「○○組がんばれ」は会の終わりに担任にやらされた一回きりで終わった。

 

ちびくろサンボ」は黒人差別だと発禁に追い込まれた時代がある。肌の色が黒いこと、黒人一家がホットケーキを山ほど食べるのは黒人が貪欲だという侮蔑だからというのがその理由だった。しかし肌の色が黒いことも、ママの手作りホットケーキを山ほど食べることも、それ自体卑しいことではない。「インド人の黒んぼ」禁止もこの系譜にある。

 

物心ついて遠方に住む従妹に会った。従妹は南方系の浅黒い肌と彫りの深い顔だちで、色黒といえば日焼けしか知らなかったわたしは「どうして色が黒いの?」と従妹に聞いた。祖母と伯母はそれに激怒し、はてこは従妹に面と向かって悪口をいう、思いやりがないと母を責めた。母は「はてこが肌の色を不思議に思ったことがどうして悪いの。姉さんと母さんは私を遊女の生まれ変わりだといったじゃない」と泣きながら二人に言い返した。肌の色に良し悪しはないけれど、遊女の生まれ変わりはあきらかな蔑称だ。しかし祖母と伯母はこの件で謝らなかった。

 

後年従妹の結婚式の写真を見せながら、祖母はわたしに「はてこは従妹を黒豚だっていったけど、従妹もちゃんと結婚できたのよ」といった。誓っていうけれど、そんな事実はない。*3従妹自身は異性関係が派手な方で、容姿にコンプレックスはないようだった。しかし祖母は従妹の浅黒い肌をどれほど気にしていたのか、それをわたしが面と向かって口にしたことをどれほど根に持っていたのかよくわかった。*4

 

色白が自慢になり、地黒を嫌がる人がいるということを子供に教えておくのは後年役に立つかもしれない。しかし色黒は劣った属性だからそれを口にすることは差別という意見についてはわたしはまったく同意できない。むしろ従妹を気の毒な容姿の子だと差別して哀れんでいたのは祖母と伯母だ。しかし子供はこうしたもやもやを明確に説明できないし、反論すれば叱責される立場にいる。

 

「あんな大人になりたくない」

子供のあいだはこうした納得のいかない大人の基準をもとに、ある行為が差別だと叱られたり、同じようなことが褒めるべき理由になったりする。意図せず、悪意もなく口にした言葉やよかれと思ってやったことを大人から一方的に糾弾され、それは差別だといわれる。こういう経験があると、差別が何かを理解しようとするより差別だといわれる状況をとにかく避けたい気持ちが強くなる。反論すれば反省がないといわれ、釈明しようとすればいいわけだといわれる。こういう目に合うのは誰だって嫌だ。

 

それ自体にいいも悪いもない言葉を差別語だといって使用を禁止する、いわゆる言葉狩りを嫌う人は多い。わたしもそういったこじつけを見るとあの担任を思い出して辟易とする。雷小僧を模したサンリオの「ゴロピカドン」というキャラクターを「被爆者への配慮が足りない」と槍玉に上げ、ぼんやり少年の「みんなのたぁ坊」を「知的障碍児を揶揄している」と販売中止に追い込む大人は心底馬鹿だと思った。あの時代に育った子供たちは「こんな大人になりたくない」という思いを大なり小なり抱えていたと思う。

 

子供にとって差別とは、よくわからないけれど、いったりやったりしたら白眼視されることだ。一方で大人が陰では逆のことをやっていることも知っている。成長するにつれ、差別に対する理解は「表立っていってはいけない」「時と場をわきまえてやる分には大丈夫」になり、「みんながやってることにいちいち目くじら立てるの大人げない」から「差別を指摘するのは人を怒らせる無礼な行為だ」に変化する。しかし相変わらず差別とは何かについては不明瞭なままだ。

 

受け売りの価値観を刷新すること

成熟した大人なら相手の心証がよかろうが、悪かろうが、また相手の動機がどこにあろうが、自分の信念にしたがって互いの権利について考える必要がある。差別問題を煙たがり、差別を指摘されることを「怒られる」、差別行為をやめようという意見を「PCを強制される」ととらえていては価値観が未熟な子供のままでいるしかない。

 

教師や親の呪いから自由になり、自己防衛から過剰反応をしたり、己の被害者意識を弱者に責任転嫁したりせず、教育の過程で身に着けた偏見を現実的な理解にそって刷新していくこと。これが差別の構造に加担しないための足掛かりになる。

 

差別される側にはマジョリティを怒らせない程度に大目に見ることが処世術とばかり言ってはいられない状況がある。無駄に反感を買うことはないけれど、「相手の機嫌を損なっては元も子もない」は間違いだ。多数派を敵に回しても生きる権利、人として当然の権利を主張するため戦わなければならないこともある。

 

差別に対して声を上げる人をかつて不条理を押し付けてきた大人と重ねているといいことない。不条理を押し付けた大人たちは自分の島の子に自分にとってよい子でいなさいと声を荒げた。でも差別に声を上げている人たちは生きるか死ぬかの苦境を知らしめようと声を大きくしているのだ。

kutabirehateko.hateblo.jp 

*1:のっけから「死ねレイシスト」といわれたような場合はともかく、「言われた側の身になってみろ」と言われたくらいで大騒ぎしているのをよく見る。

*2:この先生。先生に埋まっていた地雷 「私語が多いから口をホチキスで留める」と実際に口元までホチキスを持ってきて、六歳児はてこを泣かせて喜んだこともあった。いろいろおかしいけど当時は校内で一目置かれるベテラン教師であった。

*3:誰か言ったとすればおそらく兄。もしくは従妹のねつ造。従妹はわたなべまさこの漫画に出てくるような裏表のある空恐ろしい子であった。

*4:肌の色や容姿について語るのがいけなかったのではない。祖母伯母は色白に関して、またわたしの背の高さについては積極的に話題に出していた。