シーツを替えて無力感と戦っていたころ

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世界で最も影響力のある100人に選ばれたこんまりが、「毎日がときめく片づけの魔法」の中で、ときめきベッドルームの一助としてシーツを毎日替えていると書いていたのを去年読んだ。

 

我が家のベッドはサイズがイレギュラーで、サイズを合わせて作ったシーツは2枚。毎日替えるのは大変なので、枕カバーは表裏を入れ替え、シーツは一日置きに替えることにした。

 

これがまあめっちゃ気持ちがいい。洗い立てのシーツとはこんなに気持ちがいいものかとうっとりする。以来、予定が詰まっていても、時間がおしていても、なるべくシーツを一日おきに替えるようにしていた。

 

もちおが入院したとき、病院のシーツは一週間おきに交換されることになっていた。わたしは枕カバーとシーツを持参して、一日おきに病院のシーツの上に敷いた。ベッドメイクのアルバイトをしていたこともあり、わたしのシーツ交換は素早い。もちおがトイレへ立っているすきにささっと替えておく。もちおはベッドに入ると「はぁー…気持ちがいい」とため息をつく。

 

これが、あの頃のわたしの無力感の克服方法だった。

 

もちおの体調はすこぶる悪かった。術後の傷の痛みと抗がん剤の副作用、食欲不振、慣れない環境でようやくまどろむと一時間置きにライトで照らされる眠れない夜。何より先が見えないこと。うっかり検索した先に出てくる深刻な話。

 

こうした問題を軽くするために自分に出来ることが何もなかった。家に連れて帰って美味しい物を食べさせ、元気にしてやりたかった。笑わせて、安心させてやりたかった。でもどうしたらいいのかまったくわからなかった。

 

でもシーツは替えられる。シーツを替えるとさっぱりする。ベッドにいる間中さらさら感で気持ちがいい。気持ちがいいと気分がやわらぐ。温泉に入ったときの無条件のくつろぎにも似て、清潔なシーツの爽快感は心身ともにいいものなのだ。

 

早く家に帰れたらいいねと思っていたのに、もちおが家に帰ってきてからはある意味もっと大変だった。24時間一緒にいるのに、してあげたいと思うことの半分もできない。入院していたとき以上に自分の非力さを痛感し、無力感に打ちのめされそうになった。

 

でもシーツは替えられる。泣きたいときも、気が立っているときも、頭が混乱しているときも、とにかくシーツと枕カバーを一日置きにせっせと替えた。食べ物は体調によって美味しいとき、不味いときがある。同じ言葉が別の気持ちを引き起こすこともある。でもシーツのさっぱり感は裏切らない。

 

もちおは体調不良で不機嫌が極まっているときも、シーツを替えると静かになった。見ていない隙に交換するので、その場で気づいていないこともある。なぜ気分が晴れたか気づいていない。そういうときはあとになって「ああ、シーツが新しくなったんだね。気持ちがいいな」といった。

 

このところ雨でシーツがちゃんと乾くかハラハラする。元気でいても洗い立てのシーツは気持ちがいい。みなさんに、おすすめ。

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