やせた

子供のころから「痩せている」「痩せすぎだ」「もっと太らないと」と言われながら大きくなった。学生時代のあだ名は「ルパン」と「オリーブ」だった。でもこれといった持病もなく*1食欲旺盛で風邪もそんなにひかなかったので大きなお世話だと思っていた。

 

身長が伸びるにつれて体重も少しずつ増えて、二十歳過ぎて一瞬BMI17を達成したが、二十代半ばの婚約破棄から気付かないほど少しずつ痩せはじめた。おそらく山奥暮らしの不便さの影響もあった。東京へ戻って通勤中に満員電車の中で倒れたときはBMI15を切っていた。

 

以降体重はBMI15をベースに小さな波が寄せては返す日々だったが、去年末BMI16目前というところまで来た。いいぞ、この調子だ。

 

しかし今年に入って激動の日々が続き、食生活も日常の過ごし方も大きく変わり、ここに来て成人後もっとも軽い身体になってしまった。BMIは14、身体全体の脂肪はあわせて5kgだそうだ。

 

子供頃は痩せすぎだといわれても大きなお世話だと思った。十代以降はしょうがないじゃんと思っていた。倒れてからはすきで痩せてるんじゃないんですよと思っていた。そしていま、生まれて初めて自分の身体を人に見られるのが恥ずかしいという気持ちでいる。

 

最近温泉へよくいくのだけれど、たくさんの裸体に囲まれると改めて自分の身体の異様さを感じる。頬はこけ、目は落ちくぼみ、顎の線は鋭い。浮き上がる肋骨は実に即身仏っぽい。血管が浮いた筋張った手足としぼんだ風船のような尻。ああ、こんなに痩せてしまったのか、と思う。

 

「痩せていてうらやましい、痩せたい」という人に会うたびに、痩せたらきれいになれるというものじゃないと思った。それに人は見た目じゃない。自分に似合う服を着て、美しい姿勢を保つこと、美しい所作を身に着けることがたいせつだ、と思っていた。

 

でもこうなってみて思うのだけれど、やっぱり限度があるよね。痩せるにも太るにも。閾値を超えると自己イメージが下がってダメージを受けるものだと身を持って知った。太りすぎも痩せすぎも健康に影響するのだから、そういう危機感や嫌悪感は健康を保つにもたいせつなことなのだろう。

 

今度から容姿で悩む人に「自分だって完璧じゃないけどそんなこと気にすることないよ」と簡単に思わないようにしようと思う。とくに生活を変えられないシリアスな事情があるときにはね。

 

いっぽうBMI27からBMI19になったもちおはこれまででいちばんお洒落になり、楽しく過ごしている。

*1:少なくとも15歳までは。