美術館の図書室はいつも穴場

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週末、夫が今年はじめての麻雀をしに出かけたので、わたしも人と会うため車で出かけた。緊張したので帰りにどこかでお茶を飲もうとカフェを探し、通り道にある福岡市美術館に寄った。美術館にはたいていカフェがある。そして無料か、安い駐車場もある。

 

わたしは美術館の図書室がすきなのでカフェに入る前に図書室に入り、E.L.カニズバーグ*1の「ジョコンダ夫人の肖像」を読んだ。

 

学生時代通学路に美術館があり、学校の行帰りによく立ち寄った。常設展を見て図書室で本を読むとお金をかけずに楽しい時間が過ごせる。以来美術館の図書室をのぞくのがすきになった。大判の美しい本、まったく知らない芸術家の本、「これも美術に入るのか」と驚かされるような本がいろいろある。そしてどこの図書室もとても静かだ。

 

福岡市美術館の図書室は小さい。でも天井が高く、窓から見える芝生、石、建物と、こちらに背を向けているブロンズ像のバランスがすばらしい。景色自体が椅子に座って眺めるための大きな展示物みたいだ。*2館内撮影禁止なので画像でお見せできないのが残念。そして椅子がいいのでゆっくり本が読める。

 

「ジョコンダ夫人の肖像」は実在したダヴィンチの弟子とダヴィンチを中心に「モナリザの微笑み」の謎を描いた物語。カニズバーグが描くダヴィンチと弟子のサライは、司馬遼太郎が描いた秋山兄弟に負けず劣らず活き活きとしている。

 

この日読んだ範囲で印象に残ったくだり。

 

「おまつりというものは、」彼はサライにいって聞かせた。「稲光りみたいなものだな。それには歴史もなければ未来もない。ほんの一瞬、あらゆるものを光り輝かせる。それで終わりだ。そのつかの間の光のほかには何も残りやしない。稲光りそのものは、後世の人間が跡をふもうたって何も残ってやしない。野外劇場はね、サライ、芸術家にとっては、稲光りみたいに荒々しく、無責任に、時間の中をジグザグにつっぱしるチャンスなのさ」

 

「そうね。後世に残る舞台芸術って伝説になっても共有できないものね」と思い、しばし感慨にふけった。(このあとはてなを見て「プロブロガーをゆるすなの乱」 関連エントリー*3を見たら、「これもひとつの稲光ねえ」と思った。)*4*5

 

本の貸し出しはできないので、途中まで読んでしおりを挟んで図書室を出た。貸し出せないということは他の人が持って帰ることもないということだから、次回しおりのところから続きを読めばいい。楽しみだ。

 

 カフェでお茶を飲む。ここがまたロケーションがすばらしい。窓から大濠公園の大きな池と、まわりををそぞろ歩く人たちが見える。ここからの眺めはハノイの市街地に似ている。福岡市民はハノイへいったら「大濠公園みたい!」ときっと思う。

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手紙を書こう、本も読もうとあれこれ持ってきたけれど、ぼんやり池を眺めているだけで終わった。帰りにミュージアムショップでお世話になっている方へのプレゼントを買った。

 

実用性のない本をゆっくり読み、広々とした公園を眺め、気の利いた小物を買ってのんびりすごした。美術館はくつろぎまくれていいところ。福岡市美術館は9月に改装予定だそうだけれど、この余白たっぷりな落ち着いた雰囲気はぜひ残してほしいと思う。企画展にもいくから、お願いね。

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kutabirehateko.hateblo.jp

*1:児童文学の名手。代表作に「クローディアの秘密」「魔女ジェニファとわたし」など。

*2:実際そうなんだろうね。

*3:プロブロガーどものテロ行為を絶対に許すな! - xevra's blog

*4:自分が書いた去年、一昨年くらいのエントリーでもはてな界隈の論争関係のものってあとから見るとちょっとぽかーんとする。来年、再来年にこれらの周辺エントリーを見る人はなぜここまで白熱したのかわからないかもね。

*5:プロブロガーという言い方は語弊があるから、何かいいほかの名称はないものかしら。ゴールドラッシュブロガーとか。

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