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「男性という性の加害性」とかいう話に共感できない

web日記 思うこと

今日はブログを書く時間がないのであとで推敲しようと思っていたものをそのまま出します。

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「健全な男の性欲は強すぎるから男は自分で自分で抑えきれない」

という俗説がある。

 

ここから派生して

「だから男は頻繁に女と性関係をもっていないと鬱屈して暴走するのは当然」

「カップルであっても女性が性関係に応じないなら男が外に相手を求めるのは当然」

「若い男性は特に性的な衝動が強く未熟なので性犯罪を犯すのは仕方がない」

という話が出る。

 

またそうでない男性は「健全な男」の枠から外される。

「男のくせに女もいない。鬱屈して何をするかわからない」

「男のくせに浮気のひとつもしない。女房の尻に敷かれている」

「男のくせに漫画やアニメばかり見て現実の女に興味がない。異常だ」

「男のくせに男がすき。病気だ」

 

これと対で「女は性欲が薄く、男と比べて潔癖」という俗説もある。

 

そこから派生して

「女が男を拒否するのは性欲が薄く、潔癖だから」

「女が男性向けポルノを嫌悪するのは性欲が薄く、潔癖だから」

「女が男の性的嗜好を批判するのは性欲が薄く、潔癖だから」

などなどいろいろな言説が出る。

 

こういうのは根拠がない。

 

あの記事に寄せられた好意的なブコメの書き手は自責の念にかられた告解者に向き合う神父のような気分なんじゃないかと思う。性を嫌悪しながら性欲と性衝動を持たざるをえず、苦悩する巡礼者の罪深い告解者。

 

でも違うじゃん。性差や性衝動の問題じゃないじゃん。同じことを女性が男性にしうる案件だったじゃん、あれ。女は性欲が弱いからやらないとでもいうのか。

 

「男だから仕方ない」の理不尽さ

「男性の加害性」とよく言うけど、わたしは男性が生まれついて人を傷つける性だとは思わない。ただある種の行動を「男だから仕方ない、恥じることはない」と後押しされた結果、それが女性を傷つけることだとわからずに生きている人が多いとは思う。現在日本ではあまりにも男性の性衝動をおおらかに受け入れすぎているせいで、自分の言動が加害になることに気付いていない人が多いんだと思う。*1*2

 

娘と風呂に入りたがる父親の件でそこで父親との入浴がトラウマになったと書かれた増田について「私は、この増田記事の女性側の体験や思いというのは、想像もできなかった」と書いた男性がいた。

 

この方は当初「父親が娘とお風呂に入るのは性犯罪にならないのか?」を調べていて、結論として「結局は、家によってそれぞれだし、他人の家庭の風呂事情のことを不当に立ち入るべきなのじゃあないということだと思う」と書いた直後に父との入浴がトラウマになった増田の記事を読んだのだった。

 

なんで想像できないのかわからない。想像もつかなかったと読んで、こっちがびっくりした。これがいわゆる「男性の加害性」ではないかと思う。性衝動が問題なのではない。性衝動から他者の私的領域を軽い気持ちで侵害して、それが問題をはらんでいるかを知らない、気付かない、想像しない、あるいはできないことが暴力に繋がる。

 

これは小さい子供だってやる。子供は仔猫に夢中になっていじくりまわし、連れ歩こうとしたり、食べられないものを食べさせようとしたりして仔猫を弱らせることがある。「かわいい、かわいい」で悪気はない。ただ無知で想像力が足らないだけだ。

 

このような無邪気な無神経さ、残酷さはもちろん女性にもある。しかし女性は早い段階で望まない性的な親密さを押し付けられるという暴力を受ける。痴漢や露出狂などをふくめた性犯罪、制服を着たとたん性的なアイコンとして消費されることの不愉快さを身を持って経験し、痛い経験から他者の領域に無断で押し入ることが暴力だと学ぶ。

 

恋愛も性衝動もこの世を楽しく薔薇色にする力を持つものだ。だからといって「性衝動は健全なもの、女を蹂躙したいのは男の性、くよくよ悩まず気楽に考えよう」とはいえない。

 

誰もが社会的に容認されがたいもの、後ろ暗いものを抱えて生きている。それを裁くことは誰にもできない。でも、それこそが愛と性の本質だとか、性は暴力的なものだとか、この不均衡を肯定するような話には本当にうんざりする。

 

和姦なんて言葉を作り出さなきゃいけない現状がおかしい。女子を征服しろと男子を焚き付けることをやめろ。そして女子に求められてなんぼと教え込むのをやめろ。

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:小児性愛や児童の性的虐待が「いたずら」として取り合われなかったことなど。

*2:女に無神経さがないということではない。