妥協してアプローチした相手にふられるのはなぜか

モテ地獄格付けランキングが低そうな人にふられると驚いたり逆上したりする人がいます。またそのような人にすてきなパートナーが出来ると世の中どうなってるんだと憤る人もいます。今日はモテ地獄的の格付けとパートナーシップの格付けの違いについて書きます。

 

場で共有するルール

モテ作法はローカルルールではあるものの、一定のグループの間で共有されるダンスのステップのようなものだと書きました。このようなダンスのジャンルのひとつとして合コンがあります。

一般的に合コンでは男性が費用を多めに負担し、女性はフェミニンな装いで男性を楽しませるという作法があります。またそこで楽しむ食事は美味であることはもちろん立地の点でも内装の点でも都会的で洗練された店であることが評価され、価格帯は高めなほどよいとされています。*1

 

こうした格付けは人の尊厳を相対化したものではありません。これは合コン界がめざす理想の合コン像を考えるとやむをえないことです。恰幅がよく長身なバレリーナが「瀕死の白鳥」の舞台から外されるのは差別だとはいえません。

 

しかし合コン参加歴300回という東京姉妹によれば合コンでカップルが成立する割合はわずか1%。100回合コンに参加してパートナーが出来るチャンスは1度あるかないか。まずは異性の手を握ってみたいとフォークダンスに参加した人がそのあと個人的な交際に発展しないのと似ています。いや、もしかしたら体育祭や学園祭のフォークダンス以下かもしれません。

 

つまり「とりあえず異性と騒ぎたい」「合意がえられれば一夜をともにしたい」ではなく人生をともに楽しむ伴侶を探したい人にとって合コンはあまり生産的ではないということです。

 

「プロム脳」

ところが人は若いうちに目にしたもの、耳にしたものの影響を引きずりやすいもの。情報の更新がない場合は特にそうです。恋愛=「スクールカースト上位者がキャッキャウフフしていたあれ」という情報が更新されていない人は恋に落ちると高校生がやりたがるようなことをするものだと考え、大人のつきあい=「合コン」という情報が更新されていない人は男女交際に合コンの作法が期待されているものと考えます。

 

こうした観点から恋愛市場全体、ひいてはパートナーシップの向き不向きを判断してしまう思考を「プロム脳」と名づけたいと思います。プロムとは「キャリー」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などに出てきたハイスクールのダンスパーティーのこと。あれを基準に一生恋愛や男女交際を考え、パートナーを持つとはプロムのお相手を持つことだと考えてしまう人のことです。

 

モテ地獄の亡者のみなさんは上位に君臨しようと下位で呪詛を吐いていようと基本的にプロム脳です。自分のことも他人のこともプロム脳で採点し、点が高ければ喜び、低ければ不満を抱きます。

 

こうした発想をもっている人は非モテを馬鹿にします。自分がモテ地獄層のどこにいるとしても、プロム脳的絶対値に照らして下にいるものは下なのです。体型がダンス向きでない、会話がいけてない、年齢がいっている。なんでもOK。下層民であっても採点の厳しさだけはモテ地獄上層民も舌を巻くような目を持つものもいます。

 

プロム脳はなぜ誤爆するのか

そしてこういう人はなぜか「下層民にアプローチすることは上層民にアプローチするより簡単だ」と考えることがあります。壁の花になりそうな人、あるいはアプローチを断られそうな人なら、自分に応じるのではないかと思ってしまうのです。*2自分では妥協したつもりでいるので、断られるとひどくショックを受け逆上することもあります。

 

しかし考えてみてください。「瀕死の白鳥」に適役でないからといってグラマラスなオペラ歌手が自分を卑下することがあるでしょうか。彼女、あるいは彼はプロムの外で大スターである可能性もあるのです。「妥協してつきあってやる」に応じるわけがありません。

 

みどりの小野さんに身の程知らずな勘違いをしてきた男性がいたようですが、これも一種のプロム脳ではないかとわたしは思いました。少なくともはてなブログ界隈でみどりの小野さんをちょろいと考える人はいないと思います。わたしだったら「すきそうな本を最低でも何冊か押さえておかなきゃな」「福島弁に通じておいた方がいいのか、地元の方言ネタを仕込んでいくべきか」くらいは考えます。*3まさか電話いっぽん、アポなし凸で自分の魅力を評価してもらえるとは考えません。

 

デパートでは単価の高いフロアの店員ほど、どの客にも慇懃に接します。金買取の仕事をしていた知人によれば、よれよれのポケットからインゴットを出す人はちょいちょいいるそうです。プロム脳的に格付けがさほど高くなさそうなごく普通の男性、女性であっても、それを基準に卑屈に生きているとは限らないのです。よもや妥協して憐れんでやろうという人に感謝するわけがありません。

 

パーティーを後にして

多くの男女がやがてパーティー会場をあとにして、それぞれの評価軸をもってパートナーを探します。そして自分基準の世界一を心から愛すること。これがパートナーシップだとわたしは思います。

 

プロム脳的に無敵のステイタスを誇っていても目の前の誰かにとって一番になれないことはあります。そんなときモテ地獄のステイタスを絶対値だと思っていると、「自分を磨く」を「自分をモテ向きにカスタマイズする」だと勘違いします。そしてせっせとモテ作法を学んだり、より複雑な技術を身につけようともがいたり、絶望して世の中を怨んだりします。また愛されるとはモテ作法を守ってくれること、プロム脳的にステイタスを上げる努力をしてくれることだと考え、相手に無理を強いることもあります。

 

自分を磨くこと。人を見下したり、卑屈になったりしないこと。折り目のない新札でもくしゃくしゃの古札でも一万円には一万円の価値があり、人の価値は同じです。

これはプロム脳で自己採点が低い人自身にもいえることです。あなたがモテ作法が求められる場で主役どころかモブにさえなれないとしても、一生プロム脳で自分を採点をする必要があるでしょうか。

 

うしじまいい肉さんがゲーム・オブ・スローンズのティリオンをどう評価したか、ぜひ知っていただきたいと思います。わたしもこんな感じで誰かに評価されたらうれしいべな、と思ったことでした。

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*1:このような作法でより評価されるには、まず首都圏で生活している必要がある。男性は経済的に余裕があればあるほど有利、社会人で聞こえのいい仕事をしていればさらに評価が上がる。女性は「若くてきれいな女の子」という記号に近ければ近いほど有利なので未成年以上、社会人なら新人圏内の評価が高い。

*2:モテ強者である木嶋佳苗を侮った人々もそうだったのかもしれません。

*3:なんでなんでちゃんをデートに誘った男もいたようですが、やはりはてな民ならブログに一通り目を通していくでしょう。鯖カレーさんに会う前に最新の増田ネタを仕込む、feitaさんに会う前にアイコンのアニメをチェックする、あざなわさんに会うなら受け売りでうかつな映画評をしない。こうしたことは誰もが自然に思うことだと思います。