身体症状にあらわれるストレス 夏樹静子「椅子が怖い」③

かつてわたしは精神科、心療内科といえば気分の落ち込みや睡眠障害摂食障害などの問題を治療するところとしてイメージしていた。でも「心療内科を訪ねて」から顎関節症、高血圧、脱毛なども精神疾患がひきがねになっている場合があることを知った。そして夏樹静子さんの場合、それは腰痛という形であらわれた。

こういったことはもちろん一般常識として知っていたけれど、それまでどこか他人事として考えていた。でもよく考えてみると前にもこういうことはあった。今回はその経験を思い出してから通院を終了するまでのことを書く。

 

声が出なくなった

ある朝目が覚めたら声が出なくなっていたことがある。強く声を出そうとすると「・・・・ッハー」と甲高いかすれ声になる。 病院へいったが喉はなんともない。

 「精神的なものかもしれませんね」といわれた。「いいたいことがいえないのか、いいたくないことがあるのか。少しゆっくり休むといいでしょう」

 

心当たりがあった。わたしは前日知人の紹介でカイロプラクティクの資格がとれるというセミナーへ行ったのだが、それは実質資格商法によるねずみ講だった。*1*2わたしはその話を誰かにしたかったけれど、友人知人の間には彼女の施術を受けている人が大勢いた。話せば仲間割れのようなことになるだろう。話すわけにはいかないと思った。

 

でも仕事とは関係ないのに。その話をしなければすむだけなのに。でも声は出ない。口のあけ方や喉の開きを工夫してあれこれやってみる。声は出ない。このまま続くと困ったことになる。

 

その日の夜、通っていたプールでばったり知り合いに会った。「あら、元気?カイロはまだいってる?」返事が出来ない。わたしは身振り手振りで声が出ないことを伝えた。「あらたいへんじゃない。どうしたの?」おばちゃんの聞き取り力はすごい。彼女は声が出ないわたしにあれこれ話しかけつづけ、わたしはうなづいたり首をふったりしながら状況を伝えた。例の甲高いかすれ声でいくらか単語を伝えながら話していたが、わたしは思い切って知人に誘われた講座がねずみ講だったことを話した。

 

「そうだったの。私もね、ちょっとおかしいと思い始めたところだった」

と彼女はいった。そして自身が施術を受けたときの様子や仲間うちの間にあった出来事を話してくれた。みんな自分で決めることだから口を挟むことはないけれど、私はもう頼まないつもりだったの。彼女が悪いということじゃなく、考え方の違いよね。

「そうだったんですか」と返事をする自分の声を聞いて声が出るようになったことに気がついた。喉はもうなんでもなかった。「いってはいけない」と思うあまり声が出なくなっていたのだった。

 

そうだ。あのときみたいなものかもしれない。でもこんなに長い間喉が詰まるようなことっていったいなんだろう。どの悩みがわたしをここまで追い込んでいるんだろう。

 

診察と通院

こうしてわたしの病院通いがはじまった。わたしは各種検査結果を見せ、それまでの経緯をまとめたものを読んでもらった。自分の身体の状態が精神的なものだとは信じられないこと、喉の違和感は非常に生々しく現実的なものであることを伝えた。

 

この先生は、仙人みたいな人だった。女性なので仙女みたいな、というところだろうか。いまでも先生がいったいどんな方針でわたしに何をしてくださったのかわからない。とにかくここに長いこと通った。毎週いっていた時期もあったし、数ヶ月間を空けながらだったこともある。

 

目下の困難は食べても太れないということだった。筋肉も脂肪もなかなかつかないからいつも寒いし体力がつかない。喉の違和感もあるし、途中から原因不明のしびれも加わった。関係ありそうなことはもちろん、「こんな話してる場合か」と思うことまでいろいろな話をした。その中で徐々に「自分の弱さを盾にとる人」に書いたような気づきが増えていった。

 

さらに途中でわたしが自閉症だということがわかり、音や光をセーブすることでストレスを軽減できることがわかった。これは体質なので考え方や薬でどうこうできることではないということもわかった。先生は自閉症の場合、成人であっても薬の副作用が出やすいという結果をどこかから見つけてこられ、これまでわたしが訴えていた薬の副作用はそうした影響があったのだろうと認めた。そしてトライアンドエラーを繰り返し、相互に話し合いながら胃弱に効果のある漢方薬を長く服用することになった。

 

当初わたしはとっとと治してさっさと元気になりたかった。そのための効果的な方法があればガツガツいくつもりだった。けれども通い始めて一年ほど経ったころ、自分がこれまでの人生で積み重ねてきた生き方や考え方の癖が身体に影響を及ぼしている以上、一朝一夕でそれがかわるわけがないということが徐々に理解できるようになった。その話をした日の先生がほっとしたようなお顔をなさっていたことを覚えている。そしてお別れした日、いつも「おだいじに」と見送ってくださった先生が「おげんきで」とおっしゃったことも。

 

診断と病名は地図になる

いまや月収150万円をたたき出している名もなきライターさん(以下なもさん)は統合失調一級の障害者手帳をお持ちで、先日統合失調に伴う妄想と現実の区別をどうつけているかという読者からの質問にこんな風に答えていた。

私だっていまだに、ホンネでは、事実だったと確信していますよ。
でもそれだと現実が進んでいかないから・・・仕方なく、妄想だと周りには言っているだけです。

読者の方からのお便り - 名もなきライターのブログ

なもさんが診断を受け入れるまでには入院、通院、日々の服薬などさまざまな現実の過程があったと思うけれど、診断名とそれに関する情報の影響は大きいと思う。

風邪には風邪の治療があり、水虫には水虫の治療がある。花粉症とハウスダストアレルギーでは対処法も違う。夏樹さんは心因性疼痛という病名によって問題を整理し、向き合うことができた。なもさんは統合失調症という病名で現実に折り合いをつけ、服薬しながらライターとして多くのテキストを世に送り出している。

 

間違った地図が人を迷わせるように、誤診は出口を遠ざける。医者も人間だし、人間の身体と心は複雑だから、そういったことは少なからずおきる。*3だからといって医療と診断そのものを否定するなら暗黒時代に逆戻りするだけだ。

 

人は不名誉な称号を自分から遠ざけたがる。だから病名や体質に侮蔑的なレッテルを貼ることは本当に有害だ。そのような圧力は受診を躊躇させ、診断結果に対して社会的にえられる制度を使うことに罪悪感を抱かせ、尊厳をもって活躍する機会を人から奪う。

 

修正可能なエラーを否認しつづけることは深刻なエラーを引き起こしかねない。偏見と無知と恐れから精神医療を忌避すること、これ自体が一種の精神疾患だと思う。お金と時間はかかるけれど、機会を得てケアを受けることをおすすめしたい。いい医者に当たればかけるだけの甲斐はある。

 

夏樹静子さんが診断をうけて回復され、大いに社会に寄与する本を著してくださって本当によかった。なもさんがライターとして活躍している姿をブログやTwitterでみることはうれしい。暗黒時代に生まれなくてよかったと思う。

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:わたしは交通事故による鞭打ちでカイロに通い始め、肉体的にも経済的にも状態がいいとはいえない状況にあることを知人はよく知っていた。そのことを知りながらゆくゆく大金を払わざるを得ない講座にそ知らぬ顔で誘ってきたこと、また彼女が信仰を共にするクリスチャンだったことにひどくショックを受けた。

*2:思い返せば美智子皇后陛下 も失声されていた時期がおありだったが、そんなイレギュラーなことが自分の身に起きるとは思わなかった。

*3:「眠れない」というわたしの訴えをうつ病だと診断した医師がいて、この医師はわたしに漢方薬とアロマを処方した。医師はわたしが聴覚過敏であり、夜間窓から容赦なく入ってくる高速道路の光と騒音に悩まされていることを見落とした。いくらアロマを炊いてもダメである。

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