おばちゃん経験値を稼ぐ

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甥介の初運動会を観に行った。

甥介の幼稚園はわたしにとって角銅くんと出会った場所であり、かおりちゃんと出会った場所であり、キリスト教と出会った場所でもある。美しい白い素朴な教会の尖塔には白い十字架があって、兄と弟にはさまれていた幼いわたしは登園する朝ごとに「神さま、妹をおあたえください」と祈りつづけた。二年目の秋にほんとうに妹が生まれ、神は祈りを聞き届けてくださると思った。神はその後さらに血の繋がらない妹をもうひとりお与えくださり、継妹がやってきた。

 

飛んだり跳ねたり走ったりする甥介の一挙手一投足を、継母、継妹、夫と四人で半日眺めてすごした。かつての自分と同級生たち、この園に通った弟、妹、そして甥姪へのさまざまな思いが去来した。波間をめざして砂浜を走る小亀たちをみているみたいだ。無事海へたどりつき、外敵やアクシデントを逃れて無事大きな亀になれる数は限られている。なんとかみんな海へ出て、生き延びてほしいと思う。

 

子供の頃、子供は仲間で、成長すると子供はかつての自分になった。だから親子をみると子供に感情移入していた。子供をもつ歳になって、身近で子供の世話をする機会が増えて、今度は親や保護者の気持ちがわかるようになってきた。一人暮らしをしてはじめて、家にいるだけでどれだけお金がかかるかわかったけど、子供の世話に関わってはじめて子供にかかる手間隙お金が見えてきた。子供を育てるにはこんなに手がかかるのか。どれだけの人の世話になって今日まで生きてきたんだろう。

 

そうやってだんだんおばちゃんになる覚悟が出来てきた。おばちゃんがなんとかしてやるから泣かないでいい。心配しなくて大丈夫。わたしの中が子供でも、目の前の子供にとってわたしは大人なんだから、がんばらんといかん。そうして大人を引き受けてくれたおいちゃん、おばちゃんへの借りを返していこうと思う。

 

おばちゃんのコミュ力は子供にとっての大人を引き受ける覚悟から来ると思う。精一杯やってもたいしたことはできないし、そもそもいつも精一杯なんかできない。そういう挫折を「そういうもんだ」と「それがどうした」で乗り越えて、それでも社会の役に立てる機会をみつけたらおばちゃんは、そしておじちゃんは無名の市井の人としてがんばる。

 

小亀たちがわたしをおばちゃんとして育ててくれている。そういう風におばちゃんになってくると、知らない子でもよその子でも自分と無関係とは思わなくなってくる。名乗るほどのものではない、通りすがりの、ちょっと人助けができるおばちゃんになりたい。

 

そんなことを考えながら半日運動会を見て、風邪をもらって帰ってきて、今日は寝ていた。これ書いたらまた寝ます。

 

おっさんの話

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おばちゃんの話で最近共感したもの

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