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子供のいる女、夏休みにディズニーランドへいった子供

近所のヨガ教室に通っていたときのこと。

個人経営の小さな教室で、主宰者の講師とサブの講師のクラスがあり、参加する前に予約の電話を入れることになっていた。わたしは主宰者にひかれて入会したんだけれど、時間の都合でサブの方に参加する回数が多かった。

 

いって、ヨガやって、帰る。それだけ。わたしは特に誰とも話さず、黙々とヨガをやって帰ってきた。でもその教室は講師になるコースがあり、そのコースまでいった人が日々のトレーニングなんだか、初心者クラスにも顔を出していて、そういう人たちはとても仲睦まじく話をしていた。

 

ほいで、なぜかわからないけれど、わたしはある時期からこのサブ講師に嫌われているんじゃないかとうっすら感じるようになった。でも嫌われる理由がない。いって、ヨガやって、帰るだけだ。内心主宰の講師じゃないことにはがっかりしていたけれど、黙々とポーズとって挨拶して、特に何かした覚えはない。月謝も払ってる。

 

あるときいつものクラスに予約の電話をいれたら、サブ講師が「今日はそのクラスはレッスンがないから、マタニティのクラスに来ませんか?」といった。

「え。マタニティクラスですか?何が違うんですか?」

「ほとんど同じですよ~。ポーズは楽なものが多いですし~、よかったら~♪」

「はあ」

「赤ちゃんたちがいますけど~それでよければ~♪」

そうか・・・。

 

わたしはレッスンを休みたくなかった。座位が中心でポーズが楽なら、まあいいか、と思って参加することにした。参加者は妊婦と乳幼児連れの経産婦ばかりだったけれど、ヨガはいつもとさほどかわらず、子供たちはヨチヨチしていたが、泣き騒いだりすることはなく、特に困らなかった。その後も何度かサブ講師に予約の電話をいれるとマタニティクラスに誘われることがあり、数回参加した。

 

それがサブ講師の意地悪だと気がつくまで、だいぶ時間がかかった。こういうとき、自分はアスペルガー症候群なんだなあと痛感する。講師は鈍いわたしにもわかるような露骨な石女いじめを徐々にエスカレートさせたのであった。思い出しても嫌な気持ちになるだけなので詳しく書く気になれない。なんかおかしい、という違和感があり、いくつかの会話や起こったことを夫に話して、やっとそれがあてつけだと気がついた。

 

はしごたんさんのこの話を読んだとき、最初は共感しなかった。

子供が好きな人もいれば、当然ながらその逆で子供が嫌いな人もいる。 - heartbreaking.

 

子供ったって人間じゃん。「子供」でくくるの変じゃね?と思った。いけすかない子供もいれば、憎みきれないろくでなしみたいなかわいい子もいるじゃん。「子供」属性でくくれなくね?と思った。

 

でも、一晩考えて、あのサブ講師みたいに子供がいる人生をステイタスにしている人も確かにいるよな、と思った。トロフィーワイフ、トロフィーハズバンド、そしてトロフィーチャイルド。

 

思い返せばサブ講師の話は子供の話題が多かった。クリスマスに家族全員が違う料理をリクエストして、それをぜんぶ作ってやったとか、眉根をよせながら「困っちゃうわ~」と笑う顔。あれは、自慢だったんだな。真顔で「大変ですね」なんて気の毒そうに返すところじゃなかったんだな。そういえばまわりの女性は「えらいわ~、そこまでできない」「主婦の鑑ですね~」っていってた。

 

「夏休みにディズニーランドへ連れて行ってもらった」がクラスの中でステイタスになる世界で、「夏休みのディズニーランドなんて行列ばかりで暑いだけ、食べ物は高いし、どこへいっても人ばかり。そんな話聞きたくない」って言いたくなるようなものかなと思った。

 

そんなの気にすることないじゃんと思うけど、確かにあるもんな。子供がいることがステイタスになる社会。子供がトロフィーになっている人。

 

わたしはそんな風に親の飾りにされる子供に同情こそすれ、攻撃したい気にはならない。でも池田小を襲撃した人や、ベビーカーの乳児に暴行する人に共感する人のことが、今日なんとなくわかった。これみよがしなディズニーグッズを踏み潰してやりたいと思うような気持ちなのかなと思った。

 

ほいで、家族の成員がトロフィー化したりステイタスシンボル化する世界に暗澹とした気持ちになった。モテ思想の行き着く先はこういうところなのかと思った。