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yes,no枕は必要か

「男女が二人きりになるのは肉体関係の合意、それは共通言語だ」というブログ引用がいくつか来ている。いっぽうでトイアンナさんのようにそれは違うと考える人もいる。合意か合意でないかを知る目安としてyes,no枕を採用してはどうかという声もある。

わたしは結婚前に夫の住まいに一度泊まった。夫は何度かわたしの部屋に来た。今回はそのとき何をしていたのか書きます。

 

結婚前のわたしたち

もちおは結婚を前提に交際を考える人で、わたしはもちおに結婚も交際も望んでいなかった。それでももちおは諦めなかったので、お友達からはじめましょうということで連絡をとりあっていた。いわば大切に思う異性の友人であった。


「ちゃずけのきろく」のchazukeさんが異性の友人を部屋に上げない理由をこう書いている。

「据え膳食わぬは男の恥」 それはあなたのお膳? - はてこはときどき外に出る

大切に思う異性の友人の部屋には相手のその後の評判も考えて立ち入らない、が異性を友人を持つ「マナー」のように思います。

2015/10/22 14:09

b.hatena.ne.jp それは本当に「友達」と呼べるのか? - ちゃずけのきろく

わたしたちはこれに近い考え方をもっていた。はずみでどうこうを避けたい気持ちもあったけれど、二人の間に何があったかによらず、周囲がどう思うか、そこで相手の評判を落としたり、誤解させたりすることがないようにするのが思いやりだと考えていた。夫が家を出て一人暮らしをはじめてからも会うときは外で会った。

ほいで、わたしが倒れて休職期間に入ってからのこと。

ある日もちおが熱を出して寝込んだ。電話すると食事をしていないという。「でも大丈夫だから。うつるといけないからいいよ」ともちおは言った。しかしどうも家には何もないようだった。
もちおは越してきてからちょいちょい料理を作って届けにきてくれた。今度はわたしがお返しする番だ、とわたしは思った。その日は少し身体の調子がよかったので、数駅先のもちおのアパートまで差し入れを届けに行った。

 

ドアの前から動かないもちお 

当時もちおは結婚資金を貯めると意気込んでおり、「平民新聞」の金子さんが住んでいるようなアパートに住んでいた。*1風呂なし、トイレ共有というワイルドな部屋のドアをノックすると顔色の悪いもちおが出てきた。そして驚いた顔をして後ろ手でドアを閉め、仁王立ちになった。なにかおかしい。

「どうしたの。部屋に何かあるの」
「なにもない」
「寒いでしょう、中に入りなよ。これ差し入れ」
「ありがとう」
「どうしたの」
「いや、なんでもない」

もちおは意図せず「押すなよ、ぜったい押すなよ」状態になっていた。わたしはぐいぐい押し続け、ついにもちおは「部屋を見られたらはてこさんに結婚してもらえなくなる」といった。「そんな秘密があるなら見ておかないとだめに決まってるでしょ?!」とわたしはいった。最後はもちおが折れて、わたしは部屋をのぞいた。

すごい散らかり方だった。

「風邪引いていまちょっと散らかってるんだよね」というレベルではなかった。わたしは同僚の大学のアニメ研究会で遊んでいたころ、彼らにくっついていって色々な男性の部屋へいった。そこで男子の部屋の散らかし方はそれなりに見てきた。兄と弟もいる。わたしも一人暮らしをはじめたばかりのころはかなり散らかした。

しかしもちおの散らかし方はそういうのとは格が違った。マグニチュードが二つかわるくらいの散らかり方だった。越してきてほんの数ヶ月で、いったいどうやってこれだけ散らかしたのか、宇宙の法則が乱れるくらいの散らかり方だった。おいおい、ここで料理をして届けていたのか。

 

はてこのターン

そこからさらに長い押し問答があった。そしてわたしが勝った。わたしたちは部屋の片付けをはじめた。*2ゴミを集め、分別し、洗濯物をコインランドリーへ持っていった。片付けは深夜に及び、終電を逃したわたしは不潔なシーツに文句を言いながら一夜を明かした。はじめからそのつもりはなかったけれど、二人とも肉体関係どうこういう気分ではなかった。
 
翌日の午後、部屋は見違えるように清潔にすっきりときれいになった。そもそも所帯道具といったら布団と卓上コンロしかなかった。あとはだいたいなんでもダンボールで代用して暮らしているようだった。卓袱台すらない。そのころ偶然ミスタードーナツで小さな折りたたみテーブルをプレゼントするキャンペーンをやっていたので、買い物ついでにドーナツを買ってそれをもらってくるように頼んだ。
 
もちおの母が片付けられない人だというのは聞いていた。父親と子供たちは自分たちの領域を片付けるけれど、母は台所や茶の間に手を出すことをゆるさず、たいへんなことになっているという話も聞いていた。だからもちおは自分の部屋は片付ける方だと思っていた。しかしそれは相対的な話であった。
 
この経験を通してわたしはもちおがどのくらい片づけができないかということを知ったし、もちおはわたしがどのくらい我を通すかということを知った。それは結婚を考えるにあたって有益な情報であった。これは最初のやりあいでもあった。我々はその後何千回と「片付けなよ」「自分でするから」を繰り返すことになる。

 

もちおのターン

その後しばらくしてもちおはわたしの部屋へ来て上がっていくようになった。いよいよ身体の調子が悪くなったわたしが自分で立ち上がってカーテンを開け閉めすることもままならなくなったからだ。今度はわたしが抵抗し、もちおが押し通す番だった。もちおは買い物してきたものを冷蔵庫にしまい、汚れ物を洗濯し、料理を枕元に運んでくれた。
 
残業後にやってくるもちおはしばしば気を失うように床で眠ってしまった。通う時間と所帯をわける費用が無駄なんじゃないかという気がだんだんしてきた。携帯も家族割りになるし。そうしてだんだん「もういいか」という気持ちになって結婚した。だってこの人めちゃくちゃいい人じゃん。こんなによくしてくれる人、いないじゃん。
 
我々にYes,No枕は必要なかった。どこで線を引くか、気があるかどうか、相手の気持ちをどう思うかはかなりはっきり話し合ってきたからだ。話し合う過程で喧嘩も起きるし、そういうのは色っぽくない。興ざめする人はする。でも友達でも伴侶でも深く知り合いたい人と関係を築くなら、そういった話し合いは必要だとわたしは思う。

 

作法の真髄を考える

以上の話は「だから肉体関係を望んでいなくても部屋にあがっていい」という話ではない。これはわたしたちのルールだ。どう考えるかは自分と相手で決めなければならない。

 

茶道のマナーでNGでも楽しくお茶を飲むには問題ないことがあるように、モテ作法ではNGでも人と人が仲良くなる上では問題ないこともある。合理的で美しい作法もあれば、決まりごとが人を抑圧し、傷つけることもある。わたしは素人が楽しくお茶を飲める方法を研究することをおすすめしたい。

「お茶席だ!茶碗をどっちにまわすのが正解?」とびびらずに、会話しながら二人のルールを作っていったらいいと思う。「裏千家ではこれが常識だ!」「表千家はもうずっと前からそれはなしだね」と揉めるより、二人だけのルールを確立したほうがいいと思う。

 

そのなかで従来の考え方と一致するものがあれば採用すればいいし、二人の間でなしだと思ったら不採用にしたらいい。万人に使えなくてもかまわない。これはモテとは関係のない話だから。

 

最後に誤解の原因となるものをもうひとつ紹介したい。

 妖怪のせいなのね、そうなのね。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:駅から徒歩8分、八畳和室、電気水道込みで家賃は2万。

*2:散らかった部屋を見ると何が何でも片付けたくなる悪い癖がある。日ごろ強く我慢してこらえているが、結婚後友人宅親戚宅でもやってしまった。