移民と難民を描く文字のない絵本「アライバル」

4年前雑誌「イラストレーション」の表紙を飾ったシュールでチャーミングな絵に惹かれてこの号を買った。そして去年の誕生日に夫からこの絵本をプレゼントしてもらった。

 

不思議な世界の日常を描いたファンタジーだと思っていたが、同時にこれは非常に生々しい移民と難民の物語だった。ショーン・タンは1974年にオーストラリアのパースに生まれた。彼の父は1960年にマレーシアから西オーストラリアへ渡ってきた。タンはこの絵本を作成するにあたり、父をふくめたさまざまな移民の体験から着想を得たと書いている。

 

恐怖の町とひとつの家族

物語を説明する文字はない。小さなコマと大きな絵の組み合わせで場面の移り変わりが描写される。物語は家族写真をちいさなトランクに詰める男と彼の妻が台所に立っている場面からはじまる。

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娘を両脇から守りながら夜の街を歩く男とその妻の背後に不気味な影がうつる。

 

町は恐怖に支配されている。男は幼い娘と妻に別れを告げ、母子は父親のいない町へ帰っていく。こうして男の長く困難なひとり旅がはじまった。彼がなぜ妻と娘を置いていったのかは物語の最後でわかる。

 

新天地での暮らし

 苦しい船旅を終え、男は新天地にたどり着く。波止場には彼と同様、さまざまな理由で故郷をあとに逃げてきた人々が溢れている。

慣れない言葉、読めない文字、めんどうな手続きをへて彼はようやく住まいを見つける。

電気高熱上下水も勝手が違う。右のページの生き物は宿に住んでいた愛玩動物らしい。男は金槌がわりに靴で釘を打ち付け、家族写真を飾る。男は町で苦労して仕事を探す。言葉もろくに話せず、紹介者もいない男にできる仕事はなかなか見つからない。それでもなんとか仕事を見つけ、男は町での暮らしを少しずつ軌道に乗せる。

 

移民と難民の過去と現在

彼は町での暮らしを通じて彼と同じように故郷をあとにした人々と出会う。過酷な児童労働から命懸けで逃げてきた女性。

野菜を売っていた親子に故郷の様子を絵に描いて説明する男。

野菜売りの親子は戦災を避け、一家で亡命してきた経緯を語る。

華々しい出征と地獄のような戦地での記憶を語る老人。

みなそれぞれに愛する故郷を離れざるを得ない理由があった。新天地の暮らしは楽ではない。それでもここまでたどりつけたならまだ幸運だったと思わざるを得ない苦境があった。

 

男は長い月日、遠い家族を思いながらきつい労働を続ける。そしてわずかばかりの賃金を送金し、妻と娘を迎える日を夢見ている。一家が逃げ延びるにはあまりに高額な費用が必要だったことがわかってくる。彼は生き抜くために逃げ延び、妻と娘は彼に希望を託したのだった。

 この続きはぜひ絵本を手にとって読んでほしい。美しく恐ろしい、そして愛情と祈りにあふれた絵本だ。

 

命懸けで故郷をあとにした人々

ショーン・タンの絵には生理的嫌悪をもよおすようなグロテスクさはない。しかし幻想的な町並みとリアルに描かれた人物の表情には胸に迫る恐ろしさと悲しみがある。「難民」「移民」とはどこか地殻の割れ目からぞろぞろあらわれた得体の知れない人種ではなく、住み慣れた故郷を持ち、家族と友人のいるごくふつうの人々だということを痛切に思い知らされる。彼らがやりなれない仕事に就き、言語の違う国に移り住むのはゴールドラッシュを夢見た人々とはまったく違う動機だ。

 

本の中表紙と裏表紙の間にはタンが非常に多くの歴史的資料を参照して描いた移民の顔が並んでいる。そこにはさまざまな人種、国籍、年齢、階層の人々がいる。日本人らしき顔もある。わたしたちもほんの二世代前、そうして住み慣れた土地を命からがら逃げ出し、どこかの誰かの情けにすがって生き延びた。他人事ではない。

 小学生のころ、地元にベトナム難民がやってきた。母はすぐさま支援物資を用意して、学校へ届けた。学校はすぐさま支援チームを組んでベトナム人が身を寄せるところへそれを届けた。

特に福祉や社会問題に熱心な地域ではなかった。あのころの大人のフットワークが軽かったのは、親が、そして兄、姉たちが命からがら逃げ延びたことを生々しく覚えていたからだと思う。他人事ではない。他人事にしておける幸運を当たり前のものだと思ってはいけないと思う。

 

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:画像転載について河出書房に問い合わせ中。許可がおりなければ画像公開は中止。

*2:確認の上、おゆるしをいただきました。詳しくはこちら