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タモさんネタ感動ポルノのいやらしさを解説

こないだ書いた捏造話を「まじでいい話じゃん、どこが悪いの」と思った人がいた。笑い話の解説をするようなむなしさがあるけれど、思ったより人数が多かったので、どこがおかしいのかを書いておく。

 

まずタモリこと森田一義が小学三年生で右目を失明していること、また2001年にゴルフボールをくらって同じく右目に大怪我をしたことは本当。あとはぜんぶ感動ポルノにありがちな憶測に基づくこじつけだからね。

 

タモリがイグアナの物真似をしていたことは本当だけど、「タモリは単眼視だから*1足元の距離感がつかめず、四足でステージを把握しようとしていた」というのはまったく何の根拠もない。タモリは何を考えているかわからないイグアナの表情におもしろさを感じたのかもしれず、だとしたらネタとしては二足歩行するエリマキトカゲでもよかったかもしれない。こういった根も葉もない憶測をもとに「本人は必死なのに傍から滑稽だと思われていた、かわいそう」というのが感動ポルノ。

 

また彼の棒立ちで淡々とネタを披露するというスタイルは人とつるみたがらない性格によるものと考えるほうがずっと自然で、「舞台上でドタバタを避け、足元の安全を確保するため」なんていうのは「片目が見えないから怖くて動けないんだろう」という偏見によるものだ。当時は漫才ブームだったが、タモリは長い芸歴の中でブームに乗っかるようなことはなんであれやってこなかった。

 

「笑っていいとも」の初期は確かにゲストが自分で電話をかけていた。これは電話番号を知っているのがゲストだったからだ。固定電話を使っていたころはみんな10ケタの電話番号の10件や20件は暗記していた。後にスタッフがかけるようになったのは電話をかける手元やプッシュ音から電話番号を想定してゲストの家に電話する馬鹿が出てきたからで、タモリがプッシュ式電話に苦労していたという裏づけはどこにもない。

こういうごく当然のなりゆきも「眼が不自由だからかけられないのだ、健常者とは違うのだ」と同情ポイントを入れるのが感動ポルノ。

 

さらにタモリがアングラのイメージで深夜番組に出ていたことやイグアナの物真似をしていたことをことさら暗い過去のように描き、昼帯のバラエティを明るい世界のように対比すること。これも感動ポルノがよくやる手口。本人がなんとも思っていないことをさも恥ずべき忌まわしい過去のように描き、これまた本人が誇りに思っているかどうかわからない「我々が認める世界」の仲間入りが出来たことを祝福する。*2

 

この話には感動ポルノの嫌な部分を詰め込んで書いてある。こんなのに感動してシェアしまくっていたらまともな感覚なくなっちゃうよ。タモリが右目の失明をどう受け止めたのかということと、彼の偉業にどういった相関性があるかは、こんなに単純なものではないとわたしは思う。

 

感動ポルノという言い方はポルノへの中傷だとかなんとか書いている人がいたけれど、ポルノは欲情させてなんぼ、政治的な正しさや社会的なモラルなんか考慮しないものだ。人が感動するためなら差別的な表現や捏造をねじこんでかまわないという姿勢はまさに感動ポルノと呼ぶにふさわしい。さすがステラ・ヤングは上手いことをいうと思ったよ。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:「単眼視」なんてもっともらしく書いていても、要は気の毒な障害者だと印象づけようとする、それが感動ポルノ。

*2:タモリクラブは継続してたじゃん」というような話は演出上都合が悪いから書かない。これも感動ポルノ。