「別海から来た女」とルッキズム

今日の「人生に影響を与えた1冊」は木嶋佳苗本です。

*1*2*3

モテを語る人はなぜ他者を搾取することをいともやさしく語るのか。あの他者の痛みへの無感覚さは何なのか。というところから芋ずる式に読んだ「毒婦。」と「別海から来た女」は死刑囚木嶋佳苗の100日裁判について書いた本。

 

二冊とも読みやすく、あっという間に読み終えた。北原みのりの「毒婦。」を先に読んだんだけど、「別海から来た女」が差別と偏見に満ちており「毒婦。」との落差が激しかった。あまりに突っ込みどころ満載で、気になるところに付箋を貼りながら読んでいたら付箋が一組では足りなり、二組目の付箋を貼り終えたら引用しきれなくなったのでぜんぶ剥した。以下は記憶によるもので本文の引用ではありません。本を開いたらいちいち突っ込みたくなって書き終えられないからな。

 

木嶋佳苗は連続不審死の犯人として裁判にかけられたが、最後まで状況証拠以外に殺人の裏づけになるものが出てこなかった。しかし木嶋と結婚を前提に交際し、学費の援助という形で多額のお金を貸して踏み倒された人たちが何人もいて、こちらの件については詐欺罪が確定している。

 

わたしがこの事件で知ったことは、世の中にはブスと、地方出身者と、身体を売る女は、無条件に人として底辺だと思っている人がいるということ、そしてそう思っている人たちにとって底辺属性が三拍子そろった被告が顔を上げて平然と優雅にふるまっていることは、実際に殺人を犯したかどうかよりも腹立たしく神経を逆なですることなんだな、ということだった。

 

「地方出身のブスな詐偽師」を罵る東京者のライター

著者の佐野眞一は生まれも育ちも東京で、文章を売っている男だけれど、特に整った顔立ちをしているわけでも垢抜けているわけでもない。地方でタクシー運転手をしながら地元の事件について語っていてもしっくりくる。でも「自分と比べてどうか」ということじゃないんだね。

 

佐野は裁判がはじめる前に木嶋の地元である北海道別海町を訪れた。そして佐野に無理やり呼び出され、家族に介助されながらようやく玄関先に出てきた祖父から、木嶋が幼少期に親戚の通帳を盗んだことがあると聞き出し、取材開始早々木嶋は生まれついてのサイコパスだと断定する。こんな子供を世に送り出した両親には責任がある、いや両親は木嶋の最初の被害者であるとひとりごちる。あまりに早い。まだ裁判もはじまってないし本も1/5にもなってない。*4*5

 

木嶋の祖父は地元の名士として有名だけれど、入植は三代前だった。佐野はすぐさま木嶋家を先祖代々の土地を離れた根無し草の貧乏人呼ばわりしはじめ、そういった根無し草が問題を起こすのではないかという仮説を立てる。そして事件に巻き込まれた被害者やその家族も「こんな事件に巻き込まれるような人間はやっぱり移住者だ、根無し草同士の事件だ」と言い張り、強引な取材を拒否されるなど何か意に染まないことがあると「ほら、やっぱり根無し草だから」と自説を強化していく。
三代前から地元にすむ人間がいまの日本にどれだけいるだろう。それが社会性に問題を及ぼすと考える東京生まれ東京育ちの佐野は、地方の農家に負けず劣らずな地元信者だ。


また佐野は別海町というただただまったいらな大地が続く痩せた土地が木嶋の異常性に影響を及ぼした、首都圏をまたにかけて獲物をあさっていたのはこの広大な土地で生まれ育ったからだと語る。*6

しかしこれが月の砂漠で生まれ育った絶世の美女の話だったらどうか。きっと佐野は「どこまでも続く砂丘と大空、そして漆黒の闇にまたたく星々が佳人を俗世から隔て、真の高貴さへと導いたのである」とか書いていたに違いないと思う。佐野による木嶋の容姿批判はあまりに酷い。書いている本人が読者がドン引きする可能性を少しも考えていないところがさらに恐ろしい。むしろ世間の常識として読者の共感をさそうものだと思っているみたいだ。*7

 

「毒婦。」の著者である北原みのりの描写とあわせて読むに、木嶋佳苗が上品で洗練された服装と立ち居振る舞いをしていたことは間違いない。その木嶋をあまりファッションに関心がなさそうな佐野は田舎の芋ねえちゃん呼ばわりし、木嶋が青山や六本木ではなく池袋に住んでいたことを地方出身者の限界あつかいしてせせら笑う。

 

そんな佐野をしてさえ木嶋の声の美しさは否定できなかった。北原みのりは木嶋の声はドラマ「大和撫子」の松嶋奈々子のような声、吐息がすべてあえぎ声になるような魅惑的な声だと書いていた。*8
佐野の見方が変だと思ったのは「殺人を犯す女の声にしては」いい声だと書いていることだ。美醜が社会性に繋がるものだとナチュラルに思っているのがよくわかる。

 

結婚詐偽と男の沽券

佐野は木嶋にとって不利な証言が出ると「やられっぱなしでは日本男児の名がすたる」と心の中で喝采をおくる。身の程しらずなブスをやっつけろ、を隠そうともしない。またからくも木嶋の詐欺被害を逃れた男性が母子家庭の女性と交際していることを見下し、母親から旅行の支度をしてもらった被害者をマザコンだと馬鹿にしたりする。佐野にとってこの事件は男と女の物語で、いかなる理由であれ地方出身のブスの身体に金を払った男は同じ男とは認められないのだ。
北原みのりも被害者男性たちの女性に対する依存的な姿勢は指摘しており、わたしも何人かの証人のものの考え方には疑問を持った。でもそれ男子の沽券というような問題か?

 

身体を売ることに対する差別と偏見はこれまたすごいんだけど、お腹一杯だからこの辺にしておく。佐野は木嶋と比較して東電OL事件の被害者を聖女と崇めていたりして、自分では「娼婦に理解ある人間」だと思っているのだと思う。わたしは先日のエントリー反響を見るまで、ここまであからさまに職業で人を叩いていいと考えている人がいることを知らなかった。売る側の苦境を無視する程度じゃないんだね。機会があれば積極的に攻撃する対象なんだね。だから褒め称える自分は心の広い理解者だと思ったりする人がいるんだね。

 

美醜が攻撃を正当化すると信じる人

木嶋が実際に手を下した証拠は出てこなかったが、陪審員たちは死刑を求刑したのち「達成感があった」と語る。さすがの佐野もこれには驚く。佐野は木嶋が証拠不十分で刑を逃れると予想し、退場する木嶋に暴言をぶつけてやろうと画策していたのだった。*9
「にっくきブスに刑が執行されないなんておかしい」とさらに調子に乗る予定だった佐野は、「感情的に願うことと司法としてあるべき姿は別なんじゃないか?」と思わずまともなことを言い出す。わたしもこの点には心から同意したし、恐ろしいと思った。こんな風に自分の意思と関係なく見下される属性をもった人の冤罪は他人ごとではない。

 

裁判で死刑が確定した木嶋佳苗は眉一つ動かさず、引き続きエレガントに上告をした。そして日本一死刑囚生活を満喫している様子をブログに書いている。わたしは個人的には木嶋が実際に殺人を犯したかどうかについて思うところがあるけれど、ここにそれを書くのは適当ではないように思う。いずれにしても木嶋が億単位での詐欺を働いたことは事実だ。

 

でも怖いと思ったのは、木嶋のように他者の痛みにびたいち責任を感じない優雅なモテ農夫がいることよりも、人の美醜は文字通り命を左右する場合があるということだ。美醜が人を殴打する正当な根拠になると信じて疑わない人がいる。そういう人は相手の顔がわかったとたん他の理由で募っていた苛立ちをぶちまけてかまわないと考え、周囲に共感を呼びかける。まるで人種がわかったとたん石を投げることが正当化されると考える人たちのように。

 

木嶋が女だったということももちろんあると思う。もしも絶世の醜男が女性から億単位のお金をまきあげて自分は名器だからと語っていたら、佐野は日本男児の希望の星だと書いたんじゃないかな。岡田斗司夫をどう思ったか聞いてみたい。

 

北原みのりの「毒婦。」は個人的な感想と事実の区別、また正確な引用、発言どおりの証言をおさめるよう気をつけて書かれた印象があった。「そうですね」が多いとかえって感想が短くなる。こういう見方って女性特有なの?男性は気がつかないものなのかねえ。読むならこっちをおすすめするよ。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:本文読むと表紙にこれを持ってくるのも悪意と賛同を求めてなんだなと思う。

*2:「悪魔祓いの」というのは佐野が木嶋を映画「エクソシスト」のヒロインである少女にたとえているからなんだけど、あの子自身はふつうの子だからね。映画みてないのか。それをいうなら「オーメン」のダミアン少年のほうが適切だっただろう。

*3:ブクマで指摘がありましたが、地名も差別してるよね。

*4:判決を待たずに木嶋の祖父は他界するが、佐野は自分が生前最期に取材した人間だということを根拠に「自分は木嶋の祖父から(木嶋が反社会的なサイコパスであるという)遺言をあずかっている」と主張しはじめる。

*5:佐野のマスコミ選民意識は随所にあふれており、突撃取材はいうに及ばず、被害者家族や関係者など事件に巻き込まれた人たちの住所や名前を実名で書いたりやりたい放題である。

*6:実際には木嶋が別海町にいたのは車の免許もない高校時代まで。地方で足として使える車がない子供は家と学校の往復からさして外れた範囲はうろつけない。

*7:後にwebでレビューを読んだら全方位にドン引きされていた。

*8:同じくデビュー当時ブスの代名詞のようにいわれた林真理子も、学生時代に声のよさで人気を博し、校内放送で「マリリン」と呼ばれ、放送室に男子が詰め寄せた話を書いていた。男子は林の顔を見て激しく失望する。

*9:それもどうかと思うよな。どこまで差別と偏見にあぐらをかいているんだ。