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セックスワーカーを花魁かわいそう感覚で見たり憧れたりすること

今日パソコン開いて最初に目に付いたTweet見て、そのまま思ったことを書いた。ちょっと補足する。

kutabirehateko.hateblo.jp

珈琲ゴクゴクさんとこの「毒親育ちや激務上がり等の抑圧された環境にいた人」にハイスペが多い理由について をさいしょに読んだときは「虐待されたら脳が萎縮すんねんで。それは自分でマラソンしたり苦行したりするのとちゃいまっせ。人生がいつも危機的状況で全力疾走で足が速いだけで早死に一直線ですわ」と思い、ぱたんと閉じた。

 

ほいで、今朝目にしたTweetが、おそらく「誰が好き好んで親とか上司とか好きでもない男の人に、体と精神を弄ばれたいのだろう。そんな現実を直面して正気でいられる人間なんていない。」というくだりと、最後の「彼彼女らは現代の仏陀でありジャンヌ・ダルクなのである」あたりにすごいショックを受けているのを見た。

 

仏陀とかジャンヌ・ダルクとかは例の「サバイバー神輿」に通じるものを感じたけれど、誰が好き好んでうんぬんは「ああ、わたしもかつてはお気の毒だと思っていたけど、あれは失礼だったなあ」と思った。

 

わたしがなぜ性的な親密さを売りにする仕事を気の毒がっていたかというと、ひらたくいえば自分が嫌だから、他の人も嫌だろうと思っていたのだった。そしてその感覚を「まともで正常なもの」だと思っていた。だからそうでない人は「まともでなく異常」だと思っていた。

 

淡谷のり子だったと思うけど、生活のためにデッサン用のヌードモデルを初めてしたとき、羞恥と緊張のあまり気絶してしまったと書いていた。

彼女が羞恥を感じたのはたんに裸体をさらすことだけでなく、若い娘が他人の前に裸体をさらすべきではないという規範をもって生きてきたからだと思う。おなじくヌードモデルが主人公の「臨死!! 江古田ちゃん」にはそうした悲壮感はない。時代は変った。

 

わたしは以前、性的な親密さを赤の他人と共有したくない、それを人前にさらしたくないという感覚は、社会的なものではなく生まれついて誰もがみな持っているものだと思っていた。だからそれを仕事で切り売りすることは生理的な作りに反した非人道的なものだと考えていた。

 

けれども、それは自分を基準にした考えで、そうではない人もいるらしいとここ数年でおぼろげにわかってきた。わたしも仕事上よく知らない人と一時的に親密に行動することがある。それをどこまで仕事と割り切るか、職場だけか、飲み会までか、プライベートでも関わるかが人によって違うように、話につきあう、手を握る、身体に触れるといったことにも差があるのだと思うようになった。*1また性関係をどうとらえるかにはかなり差があって、まともかどうか、病んでいるのか個性なのかは一概に言えないと思うようになってきた。

 

それは「個体差があるから人それぞれ、本人がいいならそれでいい」というのとは違う。たとえ社会が逆の方向へふれて、「人目につかない場所で決まった人としか性的な行為に及ばないなんて異常だ」となっても、そんなことするくらいなら死んだほうがましだと思う人もいると思う。そうした人が性風俗の仕事に就くのはまともでもないし正常でもないから深刻に病む。やめたほうがいいと思う。

 

職業としてみるなら浅田二郎が書く花魁の哀切ばかりが性産業のすべてではないだろうし、*2*3花魁を花形の誇り高いファッションリーダーと声高にほめそやすのことにも違和感がある。もちろんかつて好まれたように私的な性関係では満足できないスキモノがやっている仕事というわけでもない。*4

 

理解できないものを少ない型にはめて考えると、例外は「頭がおかしい」「本音はそうではないだろう」で片付けて見落とすことがいろいろある。同性愛を病気だとか未熟だとか思った理由もそれだと思うし、自閉症を”治す”という表現が出てくるのもそうだと思う。

 

動物学者であり、自閉症者であるテンプル・グランディンは世界一牛が好きな人のひとりだ。

www.ted.com

彼女は人より牛に感情移入する。牛を落ち着かせるための締め付け機というものを考案し、実際に自分が使って安心感を得ている。そして彼女は世界ナンバー2のシェアを誇る屠殺マシーンを生産、運営している。つまり牛を殺しまくる仕事をしている。イルカがすきだからイルカ漁に反対する、鯨がすきだから捕鯨に反対するという感覚の人からしたら信じられないことかもしれない。でも彼女は牛がすきだからこそ牛が不安や恐れを感じることなく、極力苦痛を感じない方法で命を絶つ機械を生み出したのだった。

 

すきだから殺さないという感覚が一般的だとすればテンプル・グランディンは頭がおかしく、自閉症者としての過去か頭の中に問題があると考える人もいるだろう。でもわたしは彼女に強く共感する。

そういったことから「まともな神経では勤まらない仕事をしている風俗嬢はまともではない」という論法はおかしいと思った。んだけど、自分がそこにいたった経緯をあれこれ書いててすごく長くなった。長いのはいつものことですが。

 

「お勤め」として何の感動もなく嫌悪感を感じながらする性行為は疲弊する。そういうことは恋人でも夫婦でもある。その場限りでなく別れられない分、ある意味セックスワークより地獄度が高いんじゃないかと思う。そっちを書いてくれたら趣旨はもう少しわかりやすかった。

 

また虐待や拷問は受動的なものだけど、苦行にせよ、マラソンにせよ、ブラック起業勤めや、セックスワークにせよ、大人になって能動的に選ぶものとは違う。

その辺がいっしょになってるところも、茶飲み話なんだろうけど、雑な感じがしたよ。てきつい書き方したかもしれない。だとしたら珈琲ゴクゴクさんにはごめんね。

 

まあ強いられた抑圧にすごい効果があると思う人は「マーターズ」を見ればいいとおもう。外から強いられるものは、マラソンや苦行の延長線とは違うとわたしは思うわ。

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:演じる職業はまさにそれだ。

*2:かわいそうな花魁が誰かのために犠牲になることを悲しくも尊いものとして美化される腹立たしい展開が多い。

*3:鉄道員」に入ってる出稼ぎ風俗嬢の「ラブ・レター」とかな!

*4:中にはその辺の需要も満たせてwin-winっていう人もいるらしいけど。