結婚、育児と移住のコストパフォーマンス

 結婚や出産をコストパフォーマンスで語る人にイラつくのは、単純な損得では語れない宿命的な物事を、上から目線で理性的に語っているかのように見えるからではないかと思う。

しかし言っている側はちまたで結婚、出産がことさら神聖なもの、侵すべからざる絶対なもののように語られていることに違和感があり、あえてそういう話しかたをしているんじゃないかしら。だとしたらそういう人にさらにしあわせ神話を語っても不毛じゃなかろうか。

 

家族でお風呂神話、母乳神話、親子の愛永遠説のようなものに辟易としている人は間違いなく大勢いる。家族制度をdisる本が書店に平積みされ続けているのを見てもそう思う。

みんな大好きゲスなまとめサイトの家族ドロドロ劇場に吐き出される家庭像の酷さを真に受けている人も少なくない。そしてそれも家族や夫婦のひとつの現実ではあるから、結婚や育児の非効率性を非難する人の意見にも一理ある。

 

でも結婚、離婚、妊娠、流産、不倫は「しない、させない、ゆるさない」*1と思っていても人生のどこで経験するかわからない天災のようなものだとわたしは思う。
人が出会って恋に落ちること、セックスすること、懐妊すること、また死に遭遇することはある種の運命で、究極的には計算ずくで達成したり回避したりできることではない。

 

なので「ぜったいする」「ぜったいしない」と宣言したり、心に定めたりしない方がいいんじゃないか、というのがわたしの考え。
後になって気まずいというのもあるけれど、チャンスが訪れたときに変に意固地になったり、現実を直視できなかったりするからだ。

 

知人は三十代半ばまで独身だったが、ある日上司の家に仕事の打ち合わせにいった。
「そしたら奥さんが『主人がいつもお世話になってます~』ってお茶運んできてくれるんだよ。そして子供たちが『お父さーん!』って顔を出して、奥さんが『あらあら、だめよ~。お父さん、お仕事してるんだから』ってさ」
「俺はそれを見て思った。俺は何をやっていたんだろうって。俺の生き方は間違ってたって」


彼はあるジャンルのガチオタとして名を馳せ、彼女いない歴=年齢で女っけのない暮らしをしていたが、この日を境に突如掌を返して婚活に打ち込み、一年ほどで相手を絞り込んでTDLで式を挙げた。切り替えの早さには目覚しいものがあった。*2彼の婚活過程は「おまえ、それ人としてどうなの」と問いただしたくなるところが多々あったが、この切り替えの早さについては「やるじゃん」と思う。君子豹変す。 

 

常々思うんだけど、結婚するとか親になるというのは海外移住みたいなものだ。華々しくリボンに彩られた港をあとに、鳴り物入りで新天地にやってくる人、丸太につかまって移住して活路を見出す人、せっかく来たのに故郷にはなかった病気や怪我で死に損なう人もいる。何にしても自力で0から開拓していかなければならない。だから無責任に「そらいけ!やれいけ!」とは言えない。

 

ただこっちもねえ、そんなに悪いところじゃないのよ。そりゃいろんな人はいるけど、それはそっちもいっしょでしょ?でもいったことのない場所へすべてを捨てて移るのは不安だ。戻れないし。戻ったときの自分も、戻ったときの故郷も、もう同じではないからね。

 

それでもいかざるを得ないときが来る人はいる。そしたら勇気を出して、というか腹をくくって「まあ死ぬときは死ぬんだからいっちょ向こう側を見てやろう」と思って、こっちに渡ってきて欲しい。トイアンナさんが「大人として」と書いていたけれど、先住者としてそう思うよ。

 

夢のようなしあわせが全ての人に訪れるガンダーラのようなところではないから、ムリして来るほどのことはない。そっちにはそっちのいいところがある。ただ「自分は~だからぜったいに~だ」と決め付けない方が、あとあと現実的な対応が出来ると思う。

 

コストでいえば一人暮らしより二人暮しの方が安く上がるよ。子供も多いほうが楽だと母は言っていた。二人目までが大変で、三人目からは楽よ!と。そんなわけないだろ!錬金術か!と思うかもしれないけれど、もちおの家も四人兄弟でどうもそんな感じ。「子持ちの国」の噂話だけどね。

 

独身の国も既婚の国も子持ちの国も行き来できる距離なんだから、他国をdisるのはやめようよ。自国のよさをアピールするために他国をけなす必要はないでしょ。

*1:福岡県警の飲酒運転撲滅キャンペーンのキャッチコピー

*2:趣味の域を出て仕事になっていたからオタではあり続けた。

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