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角銅秀人くんの思い出

web日記

さっきふと思い出して検索して、去年角銅くんが亡くなっていたことを知った。

 

小さい町だったので角銅くんとは幼稚園、小学校、中学校が同じで、彼はみんなに角さんと呼ばれていた。Googleで画像検索すると角さんの顔が出てくるけれど、手元にある幼稚園の集合写真をのぞいて、眼鏡をかけはじめたころから角さんはずっとあの顔だった。

 

角さんが頭がいいというのは誰もが知っていたけれど、角さんの頭のよさは成績以上に機転の利く面白さにあった。それで勉強が出来るといっても近寄りがたさはなく、角さん自身が積極的にいじられキャラの座を掴んでいたのもあって、人気者だった。

 

何年生のときだったか、熱があった子としてプールに行かずに教室に残っていたら、角さんも熱があったのか教室にやってきて、二人で雑誌「ふぁんろ~ど」を見た記憶がある。*1その辺りから角さんとは漫画やアニメの話をよくした。

 

角さんはHとTと呼ばれる頭のいい男子三人組でよくつるんでいた。Hが女子人気枠、Tが秀才変人枠、角さんがボケ突っ込み兼用のお笑い担当で、三人はHが崇拝してやまなかったさだまさしによって結ばれていた。

 

中学ではHが生徒会長になり、選挙に敗れた角さんは副会長になった。わたしも役員になって生徒会や文化祭など学年行事でよく居残りをしてわいわいやっていた。

 

地元は習字が盛んで、角さんは達筆だったので横断幕や垂れ幕など毛筆の出番になると角さんが書いた。放課後の生徒会室で、いつもの調子でおどけながら角さんは堂々とした字を書く。

あるとき若い男性教師がやってきて「角銅、おまえ字が上手いな。でも先生も上手いとぞ」といって、わら半紙に何か書いた。下手だった。角さんはそれを見て「先生、それ字やないばい。絵ばい」といったので、みんな笑った。角さんはいじられるのもいじるのも上手で、一緒にいると何でも笑いになる感じが楽しかった。

 

角さんは続けて行事用の字を書きながら「先生の家どこなん?」といった。「シャリクラ」「シャリクラ?」なんかそれだけでおかしくてまたみんなでゲラゲラ笑った。

 

Hが文化祭準備の真っ最中に後輩の女の子にベタ惚れして、学校帰りに角さんとわたしとHの三人でその子の家にいったことがあった。その子は先輩の別の男子がすきで、ダメらしいということは生徒会仲間みんなが知っていた。わたしと角さんはドアの前で待っていたが、Hはがっくり肩を落として出てきた。

 

帰り道、口数少ないHと並んで夜道を歩いていると、角さんはとつぜん「Hはオナニーとかしたことある?俺さ、」とすごい勢いで下ネタをふってきた。「は?ちょっと角さんなんいいよん!」と突っ込むわたしと、思わず吹き出してしまったHとで微妙に場が和んだ。

 

「Hがあんまり落ち込みようき。俺なんかいわないけんと思ったんよ」と後日角さんは言った。女子中学生だったわたしにはその配慮がぜんぜんわからなかったけど、考えてみるとあれだけ一緒にいたのに角さんが直球で下ネタをふったのは確かにそのときだけだった。

 

角さんは子供の頃からああいう体型で、ようするに太っていた。五年生のときの担任がそれで角さんを見下すようなことを授業中にあれこれやって、わたしはものすごく怒って授業を中断させたことがあった。しかし角さんはなんかこう、うまいこと受け流す子だった。時に笑いに持っていき、ときに酷い言葉に気づかないふりをして、教師と対立しなかった。いま考えてみればずいぶん大人だった。*2

 

「短足、短足」とからかわれると「俺、ほんとに脚が短いんよ。脚が組めんっちゃ」と椅子に座って脚を組んで見せた。太ももがパンパンだから組めないんだけど、からかっていた男子たちはそれを見て驚き、「ほんとにそんなに短いと・・・?」と逆に不安になっていた。

 

中学3年のときは「トワイライトゾーン」のパロディの劇で主役をやった。老人ホームに若い心を持った角さんが紛れ込んで老人を奮起させるという劇だった。角さんの演技はテレがなく、振り切っていた。角さんは大真面目だったけれど場内は爆笑の渦だった。

 

角さんのことは他の学年の子たちも知っていた。誰も角さんを怖がらなかった。誰もが角さんをすごいと思いながら、でもなんとなくからかっていいものだと思っていた。

 

初対面の人でさえそうだった。角さんは小さいころ地元の寿屋に来たパントマイムのピエロを長時間眺めているときにピエロに掴まって、一緒に踊らされていた。修学旅行でいったサファリパークで興行中だった半裸のアフリカンダンサーにも誘われて一緒に踊っていた。そんなことをしているのは角さんだけだった。集合写真では「動物をいじめた人」という顔ぬき看板から表情たっぷりに情けない顔を出して写っていた角さん。

 

大人になって、角さんの名前をネットで検索して、wikiが出来ているのを見てとても驚いたけど、やっぱり角さんは只者じゃなかったんだと納得もした。そのことを当時のブログに書いたら角さんからメールが来た。会いたいと思ったけれど、なんだかすごい人になってしまっていたので、ここで会いたがるとさもしい下心だと思われないかと思った。うまくいえないけど、地元に帰ったときばったり会えるのとは違う感じがした。

 

でも会っておけばよかったよ。まさかこんなに早く世を去るとは思わなかったよ。

 

wikiを見つけたとき動画を探したら、ラジオの音源が出てきた。角さんがさだまさしの「案山子」をすすめていた。六年生のお別れ会でHとTと角さんの三人がみんなの前に出て歌った歌だった。半ズボンにむちむちの太ももで、眼鏡といがぐり頭の子供の角さんがHとTと並んで歌っていたのを思い出す。元気でいるか。町にはなれたか。友達できたか。

 

8月28日がお誕生日だった角銅秀人くん。もう一緒に歳をとらないんだね。信じられないよ。ネタならいいのに。ネタっぽいじゃん。「俺、死んだことになっちょったっちゃ!」って言いそうじゃん、角さん。

 

おつかれさまでした。わたしはもう少しがんばるよ。

*1:わたしが買ったものじゃなかったから、角さんが持ってきていたのかな?

*2:喧嘩もしたけど、どんなにこっちが怒っても巻き込まれてこなかった。