年頃の娘と風呂に入る自分を肯定したがる増田たち

「『3歳の娘と中学卒業まで一緒に風呂に入りたい、高校生になるころ自分から「もうだめだ」って断りたい』って言ってる父親をどう思う?」ともちおに聞いてみた。

「は?なに?娘がいるの?」ちょっと混乱している。

「そう。増田の話」

 

「ああ、つまり娘に自分から『もうおまえとは風呂に入らない』って言いたいの?」

「そう」

「明日いえよ。明日なら言える。中学になってからじゃ遅いよ」

 確かに。

 

 

そうこうするうちに娘と中2まで風呂に入っていたという新たな増田が現れた。

 

女の人にはわからないかもしれないけど、男には裸の付き合いという概念があります

なぜ女にはわからないと思ったんですかね。女同士で温泉へいく人は多いのに。批判されているのは思春期を迎えた異性の子と裸の付き合いを望むその感覚で、ブコメを見る限りそれは男性からも女性からも批判されているんじゃないですかね。

 

中2まで娘とお風呂に入ってたけど、反論させてください。

息子がそうやって妻と風呂に入っていても裸のつきあいいいなと思うかどうか知りたい。

2015/09/09 21:15

b.hatena.ne.jp

返事が来た。率直にいってこれを読んでとてもぞっとした。

これは全く問題が異なります重要なのは性的目線を持っているかどうかでしょう。

息子が妻の裸を見て欲情する、もしくは妻が息子の裸を見て欲情するのであれば嫌悪します。

どちらも持っていないのなら、良い裸の付き合いだと思いますよ。

私が娘とお風呂に入っていたのも、お互いが性的目線を持っていないという前提があったからです。

もし娘が性的目線を私に向けていたら私は一緒に入りませんでしたよ。そして自分の方は自分で分かっていますので。

 

増田は「性的な目線」さえなければ父親と娘は混浴OKだが、息子と母親に関しては「全く問題が異なる」、つまり息子と母は互いを「性的な目線」で見て「欲情する」かもしれないと思っている。でも自分は父親だから違う。だからOK。母親と息子も「性的な目線」で「欲情」しなければ「良い裸のつきあい」でOKだと。断固「性的な視線で」「欲情」が介在している風に父娘を見るなと。

 

ここにきて「女の人にはわからないかもしれないけれど」の意味がわかった。「父親は娘を性的な目で見ていないと言っても女性はきっと信じないだろうけれど」という意味だったんだね。へー!まあ信じないよ。いろいろやらかしてる父親は大勢いるから、父親ってだけじゃ安心できんわ。

 

しかし親と風呂に入る上で「重要なのは性的な視線を持っているかどうか」ではない。互いのプライバシーを尊重するかどうかという問題だ。娘が意識していなくても、年頃になればひとりの女性として裸でつきあう相手は自覚的に選んでいかなければならない。そういった自覚を持ったあとなら自分に欲情していようが性的に意識していようが入りたいと思う相手と風呂に入ればいいし、不適切な相手なら断固入れてはいけない。父親には血縁であるというだけで娘とそういった親密さに入る特権はない。あなたとそういう関係にあるのは妻だけ。

 

そこに「純な」とか「異性として」とかねじ込んで娘がひとりの女性であることを誤魔化そうとするのは、親なら娘の私的な空間に特例を設けて入っていいと思っているからだ。まず父親自身がこれまで裸で付き合ってきた子供としてではなく、成人しつつあるひとりの女性として娘をみなければならない。

 

そもそも最初の増田の「純なまま育てる」という言葉にひっかかるものがあった。純粋な娘が年頃になり、入浴しているところを人に見られるのを嫌がるとしたらそれは自然なことだ。しかし増田は「純なまま」だったら父親と風呂に入ると思っている。「不純な娘」は嫌がる。つまり自分と親の性を自覚し始めた娘は「不純な娘」だということだ。

 

さらに増田は娘の関根麻里が中学を卒業するまで一緒に風呂に入っていたという関根勉を引き合いに出し、「かっこいい必要はない。かっこいいと、思春期になった娘が変に意識してしまうかもしれないから」と言う。純粋な娘は父親のかっこよさを素直に歓迎する。「お父さんかっこいい!」だ。何も恐れることではない。

 

では「変に意識してしまう」とは何か。これは続く「なんだか、嫁さんと出会った頃みたいな気分だ」という言葉からわかる。増田はかっこいい父親が娘にとって異性として意識される対象になるのではないかと思っているのだ。

 

これはこいつら気持ち悪いと思わざるを得ない。

 

「異性」「性的」「意識する」の連発は、二人の増田がいずれも娘を保護すべき子としてではなく、異性である女として意識しまくっているからにほかならない。親としての愛情がないとは言わないが、こういう出歯亀根性は親子の間でもけして美しいものではない。関根勉を引き合いに出して自己弁護しようとするな。娘のfacebookの人数や恋愛経験など関係ない。現在日本で育った女性の大半は異性の親の前で全裸になることを肯定できない。親の恥知らずな行為をのちに振り返って死ぬほど後悔する人は大勢いる。

 

「異性として性的に意識していない」じゃなく、まともな感覚でそれを意識したほうがいい。そして娘を自分の付属物ではなくひとりの女性として認めるなら、妻以外の女性と風呂に入りたがる自分について内省しろ。娘が入りたがった?あなたは妻以外の女性から風呂に入りたいと言われたらほいほい入って裸の付き合いをする方ですか?

 

「父親じゃなくてよそのおっさんがそう言っていたらどうか、考えてみたらいいんじゃないかな。『欲情してない。裸の付き合いだ』って言っていたらどう思うかって。そうすれば自分がどれだけ脳たりんなのか、さすがにきみにもわかるんじゃないかな」

と宅の主人は申しておりました。きっと妻から見てもあなたは娘にとっておっさんのひとりなのよ。

 

 

追記 関連した話がアップされていたのでご紹介します。

anond.hatelabo.jp

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