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毒親と絶縁しろっていわないで

思うこと エッセイ的なもの 家族親族

性暴力被害にあった人をどう支援するかを書いた本に「支援したいと思うひとは本人に代わって物事を決定しようとしてはいけません」と書いてあった。レイプは人の尊厳を蹂躙し、暴力的に個人の決定権を奪う。性暴力被害を被った人が、再び自分の意思で人生を選択できるという自信を取り戻すまでには時間がかかる。善意であれ、当事者に代わってその機会を横取りしてはいけない、ということだった。

 

いわゆる毒親からどの程度まで距離をとるかを決める場合も、これと同じだと思う。目的は親に奪われた尊厳と人生を取り戻すことだ。親は「家におまえの居場所はない、二度と顔を見せるな」というかもしれないし、「親元を離れて生きられるわけがない、家を出ることはゆるさない」というかもしれない。離れるか留まるかを親の意思と関係なく個人が自由に選択できるようになること、これが親から自立するということだと思う。

 

「家を出ることはできない」「親に逆らうことはできない」と思い込んで育った人が、家庭の外で出会った人から影響を受けて「逃げていいんだ」「主張していいんだ」と気づくことがある。

 

ある人はそれで家を飛び出す。学費や医療費、正当な相続分を親に要求したり、多額の生活費を入れること、借金の保証人になることを断る人もいる。親から要求される性関係を断り、法に訴える人もいる。

 

この過程はとても大切なものだ。結果的に何を取り戻すかもさることながら、自分の意思で人生を選択し、どういう形で親と対峙するかを決めることで「親と自分は別の人間だ」ということがはっきりわかってくるからだ。

 

「ゆるせ」「ゆるすな」「絶縁しろ」「共生しろ」と人に意見する人はこの過程に介入したがる。でもわたしは、部外者にできることは当事者が知らないかもしれないさまざまな選択肢があることを伝えることまでで、最終的に何が最善かを示唆するようなことまでするのはおこがましいことだと思う。いったい誰が最善の道を知っているというのか。そして誰が当事者の人生に責任をとれるというのか。

 

3.11震災のあと故郷を離れて移住することにした人たちがいる。政府に居住を制限されたぎりぎりの地域に残ることにした人もいる。どちらも考えに考えた挙句の苦渋の選択だろうとわたしは思う。出て行く人に「地元愛がない、恩知らずだ、病的で神経質だ」と攻撃することも、残る人に「地元への執着が強すぎる、現実否認だ、自暴自棄だ」と非難することも適当ではない。故郷への思いがどれほどのものか、故郷を持たない人にはわからない。

 

ひとくちに被災地といってもさまざまな地域がある。避難勧告が出る地域もあれば飛び地のホットスポットもある。毒親もこれと似ていて、刑事民事で法が介入せざるをえない犯罪行為を子供にやらかしている親、一見どこが毒なのかわからないやり方で子供をじわじわ蝕む親、親の影響で子供が苦しんでいるのか、親と関係ないことが親の責任にされているのか、関係者の間で意見がわかれるけれど部外者からは「毒親だ」といわれている親もいる。

 

いずれにしても「そこは安全ではない」あるいは「安全だ」と最終的に判断するのは当事者であるべきだとわたしは思う。チェルノブイリにも戻った人たちがいた。その地を愛する人たちがどんな思いでそこへ戻ったのか、わたしにはわからない。

 

わたしには年子の弟がいる。何をするにもいつも一緒で大きくなった。母が離婚を決めたとき、弟は母に「離婚せんで」と土下座して頼んだ。母は弟をいちばんかわいがっていたが、弟は父を選び、母についていかなかった。その後わたしの家出を皮切りに、兄、妹も紆余曲折あって父の元を離れたが、弟は父の元に残った。そして父の二度の再婚とその遍歴を見てきた。

 

大人になってから弟は「姉貴は俺に親を押し付けて逃げた」と真っ向からわたしを責めたこともあった。また「俺には逃げる勇気がなかった。逃げそびれた」と自分を責めることもあった。苦しんだ挙句、何度か命に関わるようなことも起きた。

 

わたしは自分が弟を置いて、また弱い父を見捨てて逃げたことで自分を何度も責めた。弟に父を押し付ける気はなかったけれど、弟が父を見捨てるわけにいかないと思っているのを見て、自分がそれを引き受けるべきだっただろうかとも考えた。

 

弟もわたしも、兄も妹もぎりぎりのところで親との関係をどう結ぶかを決めた。傍からみれば大袈裟なことかもしれないけれど、命懸けのところで一人一人が決定しなければならなかった。

そんな過程にわたしたちのことを何も知らない人から断絶しろだの共生しろだの言われる筋合いはない。わたしたち兄弟姉妹でもそこに口出しは出来ない。誰も互いの人生を肩代わりできない。

 

現在弟は父の会社を継いでいる。父が作った資産も負債も、すべて弟が背負っている。弟の重圧がどれほどのものかわたしにはわからない。でもいつか弟が、自分の意思で残ることを決めたこと、逃げないことを選んだことを誇りに思う日が来てくれたらいいなと思う。弟は見上げた男だとわたしは思う。あの小さな弟が、母親と兄姉妹を失って、それでもがんばり続けたのはすごいことだと思う。

 

わたしは逃げた。逃げてゲリラ戦に持ち込んで、結婚して、夫と故郷へ戻ってきた。弟はいまわたしと口を利かないけれど、もちおとは上司と部下の間柄であれこれ話をする。もちおは舅であり会長であるわたしの父と、小舅であり社長であるわたしの弟との間を取り持っている。娘婿の登場で、父による弟への干渉は劇的に緩和された。*1弟は死にたがらなくなり、釣りへ行くようになり、再婚して酒を減らした。こんな展開は誰にも予想ができなかった。

 

あのとき逃げてつぶされずにもちおと出会えてよかった。弟がつぶれずにがんばり通していてくれてよかった。間に合ってよかった。もしいま親との関係で悩んでいる人がいるなら、目的は親との関係を最終的にどうするかではなく、人生を取り戻すことだと伝えたい。その手段はひとつではない。逃げたり、戻ったり、戦ったり、和平を結んだりしながら生き抜いて、自分の人生を勝ち取って、みんな自分を誇りに思って欲しい。

 

そうして戦っている人に誰も「どうするべきだ」といらぬ圧力をかけないでほしい。みんなひとの人生に干渉しないで、自分の人生に向き合いなよ。

 

 

*1:自慢じゃないけどもちおは父を転がすのがものすごく上手い。甥からナンバーワンホストと呼ばれている。