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女の子を追いかけるのをやめた日のこと

幼稚園のときにかおりちゃんという美少女が同じクラスにいた。

美少女って最近使わない言葉だけど、本当に美しい少女だった。かおりちゃんの目は明るい茶色で、髪は栗色で細くてさらさらだった。ある日「どうして髪がさらさらなの?」と聞いたら「リンスしてるからよ」とかおりちゃんは言った。リンスすごい。うちにもリンスはあったんだけれども。わたしたちは4歳だった。

かおりちゃんはいま卒園アルバムを見てもたいへんかわいい女の子で、高校に入って再会したときも一学年8クラス中だんとつのかわいさを誇っていた。髪をベリーショートにして、きれいなうなじと形のいい耳とほっそりした顎が際立っていた。当時流行っていたオリーブの外国人モデルのようだった。

 

このかおりちゃんを皮切りに、わたしは小学校、中学校と学年ごとにかわいい女の子に目をつけて、バードウォッチャーのように観察するようになった。遺伝なのかなんなのか、当時の福岡には橋本環奈クラスの美少女が本当にけっこういた。何かと東京を引き合いに出してわたしの地元を馬鹿にする母もその辺は認めており、わたしが美少女とお近づきになると目を細めて喜んだ。

 

美少女とかわいい女の子は明らかに違う。かわいい女の子ももちろんそこそこいた。男子に人気があるとか、性格がいいとか、あどけない顔だとか、おしゃれが上手とか、そういう子。でも美少女といえる子達は別格だ。もう静かに本を読んでいたり、廊下を歩いているだけであたりがしんとするような雰囲気がある。そういう子は何もしなくてもモテるので、スクールカースト上位の「かわいい」子にいじめられたりして、結果的に図書館でふぁんろ~どを読む人たちの間で安らぎを得ている人もいた。図書館クラスターでよかったと思った。

 

でも基本的にそういう女の子たちはわたしにとって人類の宝のようなもので、うかつに近づいて友達になりたいなどと思わなかった。わたしは誰彼かまわず話しかける子だったけど、そういう子たちのことは遠巻きに見ていた。びっくりさせたくない。本当にきれいな小鳥みたいだ。

 

高校では写真部に入った。携帯もデジカメもない時代で、校則もやたらに厳しかったが、写真部は校内行事で何かと美少女の周辺で写真を撮るチャンスがあった。やはり男子より警戒されにくいので近づきやすい。階段の下の暗室で撮った写真を現像しては、吹奏楽部でフルートを吹いている堀北真希似の女の子の写真を自慢する部員に、自分が推す子の話をしたりしていた。

 

学校を出ると毎日会える少女の数が一気に減る。東京に出たので福岡にいたタイプの美少女を見ることもパタッと減った。いいなと思う子がいても通りすがりの目の保養でそれっきりだ。それでもときどき目にするとうっとりと眺めてしばし時を忘れた。

 

ある日のこと。バイト帰りの午後の晴れた日にきれいな女の子を見た。しかも帰る方向が同じだ。ああ、これはしばらく同じ道を歩けるじゃないですか。今日はいい日だな!と思いながら歩いていた。そしてあれこれ考えた。何歳くらいなんだろう。自分と同じか、もう少し上?下?学生なのかな?卒業して就職するとまた雰囲気がかわるのかな。

 

そのときとつぜん「この子は一生美少女ではなく、この子のあとにも美少女はあらわれるのだ」ということに気づいた。わたしはそれまで美少女を宝石のように思っていた。こんなところにルビーが!ダイヤが!エメラルドが!ああ、きれいだなあという気持ちで眺めていた。でもそのとき彼女たちは宝石というより花のようなものだと気がついた。次々に咲いて、次々に散っていく。同じ花はないけれど、新しい花はあらわれる。

 

そのときの気持ちを言葉にするなら「集め切れない」という感じだった。まあ、眺めてるだけだったんだけど。でも目を離したら消えてしまうし、網羅しきれないんだと思ったら、急に絶望感が襲ってきた。

 

こういう気持ちはある漫画に夢中だったときもある。「どんなに好きでもこの漫画の世界へは行けない」とある日とつぜん気がついて、すごいショックを受けた。そのときあんまりがっかりしたのでその後漫画から距離を置いた。森高千里の写真集や切抜きやノベルティを集めていたときにもある。どんなに映像や写真や音源を集めてもそれで森高本人は出来上がらない。星に手が届かないとか、雲に乗れないと思い知るようなショックだった。

 

わたしは執着心が強くて、人やモノをあまり好きになるとそれが少しでも変化することが耐えがたく辛い。でも世の中に変化しないものなんてない。それでこういう経験をなんどか繰り返してあまり夢中になりすぎないように気持ちをセーブするようになった。

 

さっき橋本環奈ちゃんのまとめで写真や動画を眺めていてそれを思い出した。ああ、辛い。