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木嶋香苗のモテ農夫業

モテとナンパをめぐる話

ネーミング王子が寡黙になってさびしいわ・・・。

 

木嶋佳苗のブログを読んでいる。関連本を買いそうになってひさびさに図書館検索した。
モテの完成系ってこういう人じゃなかろうか。これまでわたしの中でモテの最高峰には宇野千代がいたが、違う峰に木嶋佳苗がいる。以下敬称略。

 

支援者宛に送った手紙の文章がそれはきれいで、高貴な身分の方からのお手紙に思える。

1年半前からお手紙と差し入れを頂戴していたにもかかわらず御礼が大変遅くなり、まことにご無礼いたしましたことお詫び申しあげます。平素より何かと御厚情をいただき、心より感謝しております。○○様の御高配は大変有難く存じていたのですが、一審の判決から今日まで自叙伝の執筆をしておりまして、ようやく返信を差しあげる余裕ができました

おじさまと佳苗さんのこと(支援者手記リレー#4)

ネットも見られない刑務所の中で書いた手紙がこれ。こういった文章はこの手紙だけではないので手元の文例を写したとも思えない。いったいどこでこんな手紙の書き方を身につけたんだろう。匿名で手紙の書き方とかモテ本とか書いたら需要があるとおもう。こんな手紙わたしには書けない。同じ立場だったら支援者を集める自信ないわ。

 

去年の秋に、木嶋の支援者がリレー形式で木嶋のブログに意見を書いていた。

支援者の手記公表とコメント欄開放について

「『女に惑わされた男が支援していると思われるから書かないほうがいいのでは』という意見もあった」と前置きしてから語られる支援者たちの意見は、要約すると「佳苗さんは本当にすばらしい女性だから無実です」としか読めない。推理らしきものがいくらかあるけれど、モテとは関係ないのでここでは割愛する。

支援者たちにとって木嶋は天使であり、女王さまであり、松下幸之助のような存在なのだという。佳苗さんは天然で、社会や女の文化に奇跡的に毒されなかった聖なる存在、男に媚びたり計算したりするところはいっさいない。それどころかほとんど褒めてもらえない。たまに褒めてもらうとどんなにうれしいか。もう昭和のアイドルファンクラブのようだ。傍聴席のまとめとあわせて読むと熱狂的な支援者との輪の外との温度差が際立つ。

 

支援者が木嶋に宛てた手紙にはヒロインを守るナイトの心意気があふれている。そして木嶋を無実だと思った理由にはかならずといっていいほど「こんなにすばらしい女性がそんな犯罪をおかすわけがない」という意見が入っている。報道を通じて木嶋を知った段階でだ。

もしかしたら犯罪を犯した人に一方ならぬ同情心を掻き立てられて、熱烈な手紙をよこす人は一定数いるのかもしれない。金賢姫に求婚者が殺到したのは有名だし、宅間守に思いを寄せる女性も複数いたと聞く。

でも、わたしだったら窮地に立たされていてもこのテンションで近づいてくる人には男女問わず引く。そういう人は現実のわたしではなく、幻想を見ていると思うからだ。そんな幻想を押し付けられるのは嫌だし、ごっこにつきあわされるのも嫌だ。

 

はてダでジェンダー関連で叩かれていたとき、そういう人があらわれたことがある。その人は当時のわたしの主張に共感するというより、か弱い女性を守りますという趣旨のブログを書いた。タイトルからしてずばりそうで、ほとんど愛を告白する体だった。ほんの短い擁護コメントでもとてもうれしい頃だったけど、これは受け入れがたかった。

こういう人は口調は丁寧だけど「教えてあげる」「わかってあげる」といった言葉を使う。わたしは「してあげる」の人は、上から説教かましてくる人と、本質的に同じだと思う。事実その人は後日ネット上のセクハラ問題について長文で説教を送ってきた。

わたしをかなり年下だと思っていたようで、そのせいもあってか「怒っているわけでも、責めているわけでもありません」「ただ現実として」「そうはいってもそれが大人の世界なのです」といった、対等な大人同士の意見交換ではなくあくまでやさしく教えてあげるという調子だった。その前にweb上で「意見が平行線なのでこの話はもうしない」と宣言したあとのことだった。

よく知らない相手から溺愛されるのって少しもうれしくない。わたしは嫌だ。なんだかべっとりしたものが身体にこびりつくような気持ちになる。

 

木嶋に送られた手紙はその何倍もの濃密な押し付けがましさに満ちている。自分がどんなに木嶋のことを思っているか、自分がどんなに親切で男気のある人間か、仕事のこと、趣味のこと、金回りのこと、自慢できることをこれでもかというほどてんこ盛りにした手紙を、木嶋は粛々と受け取っているようだった。

そして木嶋はそんな支援者にいともやさしく丁寧な、驚くほど礼儀正しい手紙で感謝をのべている。さらに「あなたは本物の男だ、愛に包まれている、最高に幸せ」といった言葉を挟む。それから支援として何を望んでいるのか、ストレートに書く。そこに卑屈さは微塵もない。


手紙を受け取った支援者は木嶋が望んだものをせっせと差し入れ、木嶋の倍以上の手紙を送る。「俺の男らしさを見せてやろう」と「あなたの男らしさを見せてちょうだい」が噛みあっている。これが支援者をメロメロにさせている。すごい。わたしには出来ない。モテ農夫の包容力半端い。木嶋は「礼賛」という本を出したが、あのタイトルは男を礼賛している、という意味だ。木嶋はキャベツを愛している。お米には神様が宿っていると考えた敬虔な百姓のようだ。


ちなみに支援者は全員男で、ほとんどが既婚者だという。支援者の妻たちは夫と木嶋のやりとりに腹を立て、木嶋と絶縁しろと迫るケースが後を絶たないそうだ。

手記リレーを終えて ~「豆大福と珈琲」のような人~

そのうちの一組の例を、木嶋は知っている人なら個人を特定できる仕方でブログに書いている。支援者の住まいも、おそらく本名である子供の名前も、真偽の確かめようがない、そして反論する場を持たない支援者の妻の不名誉な過去や異常な荒れ方も、支援者が木嶋に語った熱烈な愛の言葉も。

支援者との関係が上手くいっていた間、木嶋はその支援者のことを本人にも、支援者仲間にも「最高の人」として語っていた。そういった恩義のある人間と、会ったこともないその家族に対して、「常軌を逸した既婚者に溺愛された被害者である自分が、相手の家族とその子供たちを気遣っている」という形で、塀の中から出来る限り最大限のダメージを与えて損きりをする。こういうことは相手を尊厳のある人としてみている人には出来ない。

 

その支援者は木嶋との関係がよかったころ、木嶋と支援者たちとの関係を映画「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」にたとえていた。木嶋の無罪をどこまでも信じる支援者たちは、映画のなかでヒロインを囲む個性的でユーモラスなナイトなのだという。もちろんヒロインは木嶋だ。

3)スターロード:主人公。ガモラ(右側の緑色の女性)に恋をし彼女の命を助けました。
4)ガモラ:緑色の肌をしたヒューマノイドで、彼女は熟練の暗殺者でもあります。 

この映画を見て、登場人物達はまるで私たち支援者のようだと思いました。個々に様々な分野で能力が高く、独特の相容れない個性を持った頑固な男性達が、最後は一つになって強大な敵(司法・検察)と戦い、自分の命を捨ててでも佳苗さんを守る、というような・・・。木嶋佳苗さんはそれだけの価値のある女性なのだと思います。 

佳苗さんは私たち支援者のことを「オトコ」だと言っています。アメリカでは「SAMURAI」と呼びます。日本の「武士道」は海外で畏敬の念を持たれています。日本が世界に誇るべき文化です。惜しむらくは皆が自分のことを「スターロード(主人公)」だと思っていることでしょうか?(笑。

木嶋佳苗の拘置所日記 : 2014年10月17日

 

彼はなぜ木嶋の状況を例える映画に「熟練の暗殺者」がヒロインであるものを選んだのか。考えさせられる。命を懸けてもいいと思わせるモテの秘密を知りたい人は木嶋佳苗に聞くといいように思う。美容業界、ファッション業界の仕掛けた商業モテ話にはない、核心に迫る話が出てくると思う。

 

 

kutabirehateko.hateblo.jp