ムカつくLGBTバカップルと夫婦愛 後編

これのつづき。

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まんがで綴る百合な日々」のネギさんとたぬさんは文字通り絵に描いたバカップルで、四六時中いちゃいちゃしている。一緒に暮らし始めたカップルが自分たちの暮らしを自慢しているのが鼻につくんじゃないかともちおに言われたが、わたしは愚痴ブログより仲良しブログの方がすきだ。でもこうしてよくよく考えて気がついたんだけど、異性愛カップルの仲良しには「どんなに愛し合っていても性差とその役割で苦労をしている人・これからする人」という、ある種同じ試練を味わうものに対する仲間意識があった。しかしネギたぬカップルにはそれがない。

 

異性間カップルのバカップル話にはどんなにラブラブのラリラリでも必ず性差によるギャップをどうするかという問題が出てくる。デートや記念日の受け止め方からはじまって、同棲すれば家事分担、結婚すれば苗字、妊娠中の家事配分、出産すれば子育て分担、夫の面子を潰さない稼ぎ方、妻は専業かパートかフルタイムか、夫は主夫でもいいか、男らしく、女らしい口の利き方、互いの実家との付き合い方、転勤、単身赴任、どれも性差とそれによる役割が関係している。

 

 しかしゲイやレズビアンのカップルには「夫、妻」というくくりがない。男の甲斐性とか、女子力=家事育児力ということがない。「長くつきあっているからそろそろ結婚を」という圧力もないし「親兄弟親戚のためにも簡単に別れられない」ということもない。もしかしたら「そろそろ養子縁組を」という圧力なんかがあるのかもしれないけれど、少なくとも親が、世間がうるさいから養子縁組せねばということはそんなにないと思う。逆の方がぜったいに多い。

 

わたしはそれが妬ましかったのだった。わたしはこれまで無意識に、性差による役割分担と折り合いをつけ、肉体的、生理的な作りの違いによって起きるさまざまな問題を乗り越えることに結婚の意義を見出していた。だから意見が合わず夫婦喧嘩をしたり、家事や家計で揉めたりするのは「結婚した以上避けられない夫婦ならではの問題で、これも結婚の醍醐味」「結婚して大人になった」くらいに思っていたのだった。 

 

きれいでいい匂いのするやわらかでしっとりした肌の恋人と、ただただ愛しているという理由で一緒に暮らし、「男ウケ」や「夫に恥をかかせない」なんて考えず「たぬウケ」「ネギに恥をかかせない」路線をねらい、「おそろいいいね!」とか言って服を買ってはキャッキャウフフする。夫だから、妻だから、男だから、女だからではなく、人対人として家計も家事も分担しあう。何歳までに子供がほしいからとか、男は性欲処理が必要だからなんて理由からじゃなく、ただただ恋人へのエロい気持ちであんなことやこんなことを堪能してすっごくしあわせ(///)なんて書いてる。ずるい!こんなのが結婚だなんて認めない!ふざけんじゃないわよ!あんたたちがやってるのはままごとよ!そんなんでよく結婚だなんていえるわね!これがわたしのムカつきの真相だった。こうして書くと幼稚でバカみたいだけど、本当にみぞおちの辺りからむらむらとこみ上げる「許せん」というみじめな気持ちでいっぱいだった。

 

苦労に高値をつけたくなる心理

男だから、女だからで受け入れて乗り越えた苦労がある人は、LGBTに同じような苛立ちを覚えることがあるんじゃないかと思う。そしておそらくこういうムカつきは「女は三界に家なし」という時代に生きた女性が、現代のわたしみたいなふらふらした主婦に対して抱く気持ちと似ているんじゃないかと思う。あんたみたいな女、主婦とはいえないわよ!女は子供を育てて一人前、婚家に認められて一人前なのよ!たぶん帝王切開や無痛分娩を非難する経産婦も、自然分娩に特別な意味を与えているだろう。そうでもしなきゃやってられない。あんな苦しい思いをしなくてよかっただなんて認められない。認めるもんですか。男はな、女はね、大人はね、これを乗り越えて一人前なんだよ!

 

わたしは反省した。そしてそれ以来、もちおと揉めるときに「伴侶が同性だったら自分は同じように思うだろうか」と考えるようになった。そして同性だったらそうはしないということをもちおにけっこうやっていることがあると気がついた。自分は性差や役割に甘えて、また諦めている。

もちおは妻を養うのは特権だと思っている。パートナーが男性だったらまずここで混乱すると思う。わたしはもちおを乱暴に扱うことがある。男だから多少のことは平気だと油断している。でもパートナーが女性だったらきっとしない。こういうことは数限りなくある。男だから、女だからは仕事や家事や家計だけでなく愛情表現や性関係にも色濃く反映されている。

性差は互いを理解するためではなく、理解を諦めるための口実として利用されることがある。男心、女心の研究とは相手にレッテルを貼って思考停止させる効果があるんじゃないかと思う。

 

LGBTカップルの公式、非公式の結婚生活には目から鱗の発見が数多くあり、目が離せない。LGBT夫婦、あるいは夫夫、妻妻が増えれば家庭やパートナー関係、雇用や扶養、福祉などさまざまな問題について性差による役割や偏見が見直されるんじゃないかと思う。暴力とは何か、レイプとは何か、弱者とは誰かとかもね。少なくともわたしはだいぶ見直している。

 

ちなみに歌川さんのブログや「きのう何食べた?」にそれほどムカつかなかったのは、彼らが男性だったからだと思う。男同士で暮らすのか。ふーん。ハンサムな弁護士なのか。へー。お幸せにね。女同士で暮らしてるんだ。美人なの?しかもかわいい?いい匂いがするんだね、ああそう!そうですか!ざっけんな!!!と思ったんだと思う。性格のいい美人からはフィトンチットが出てるから、プランツドールと暮らしてるようなもんだろうよ。あーうらやましい。これを短く言い表す言葉を知っている。リア充ばくはつしろ。