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禁じられたピンク

思うこと 家族親族 もちお エッセイ的なもの

同じ年の従妹がいて、母はときどきわたしと従妹におそろいのものを買ってくれた。

よくあったのは色違いで赤とピンクの玩具や小物。わたしはピンクがすきだったのでピンクがほしかったけれど、母はなぜか絶対に赤い方をわたしに選んだ。

 

 ピンクのペチコート

中学のとき父と母が離婚して父の愛人が再婚前提で家に来るようになった。愛人への怨念はひとことで言えないものがあったが、ここでは割愛する。彼女は幸田シャーミンに似ていた。以後シャーミンとする。

 

あるときシャーミンはわたしにフランス製のブラウスとスカートとペチコートをくれた。「すっごくかわいいと思ったけど、もうこの年じゃ着られないのよ」「でもこんな服、もらっても着ていくところがないし」「どこだって普通に着て行けばいいじゃない。友達と遊びにいくときとか」とシャーミンは言った。

 

その服は細い細い繊細な糸で織ったきめこまやかなコットンで、色は淡いピンクだった。スカートは前ボタンですべて開けられるようになっていて、たっぷりとした飾りひだのついたペチコートを見せられるようになっていた。ブラウスはシンプルだけれど形よく身体に沿うようになっている。赤毛のアンが憧れてやまなかったような服だった。それはわたしが心の奥で憧れてやまない服でもあった。

 

わたしは一度だけその服を着て友達と街に買い物に出かけた。遠出したわけではなく、すこしだけ遠い隣町の商店街のアーケードをぶらぶら歩きながらのウィンドウショッピングだった。とてもいい気分で、しあわせだった。

 

わたしは家に帰ってから遠いところに住んでいる母にそのことを電話で話した。

母はその少し前に、わたしがシャーミンと頑として口を利かないことをいさめ、「そんなことで意地を張らなくていい。買ってくれるものがあるなら何でも買ってもらえばいい」と、それがある種の復讐であるかのように言った。シャーミンは店舗をいくつも持つ経営者だった。妹、弟は早々にシャーミンがあれこれ買ってくれることに馴染んでいたけれど、わたしは母からそう言われるまでそれが出来なかった。

 

だからわたしはシャーミンからピンクの少女趣味な服をもらったことを母に隠そうとはしなかった。「言われた通りちゃっかりもらってやったよ?万事OK」と報告するくらいのつもりだった。しかし母は激怒した。「そんな服、二度と着ないでちょうだい」と母はヒステリックに泣き叫びながら言った。わたしは母の言葉を真に受けたことを後悔して自分を責めた。そして電話を切った後すぐに服を脱いで、ほしいという友達にあげた。

 

母は後日原宿で買ったという真っ赤なセットアップを送ってくれた。当時流行っていたぶかぶかのトレーナーは飾り鋲とフリンジがついたウエスタン風で、スカートは母がそれまで買ってくれたことのないミニ丈だった。一緒に赤いタイツと合わせて着るとものすごく目立った。でもそれはわたしによく似合う服で、妹が目を丸くして褒めてくれた。どこへ着て行っても褒められた。

 

でも、わたしが着たかったのは勇ましい真っ赤なセットアップではなく、繊細な淡いピンクのツーピースだった。母はわたしにピンクを禁じていた。

 

ピンクのパジャマ

結婚してからのこと。

ある日新横浜のプリンスホテルの中にある雑貨屋で淡いピンクのパジャマを見た。長袖の上下とキャミソールに短パンの上下と共布のカチューシャがついていた。小さな赤い花と葉が全体に散らしてあり、袖と胸元は白い梯子レースやピコフリルで品よく控え目に飾られていた。ハッとシャーミンのくれた服を思い出した。

 

わたしがあまり長くそれを見ているので、夫が買ったらどうかと言った。ものすごく迷った。ホテルで売っているようなパジャマなのでそれなりの値段だったけれど買えなくはなかった。でも、天井の低いところに長い間いれられているとそこを出ても頭をあげられなくなるというけれど、わたしは大人になってもそういう服を買うことに後ろめたさとある種の恐ろしさがあった。

 

さんざん迷って結局買った。そしてそのパジャマを着るたびうれしくてうれしくて仕方がなかった。わたしが喜んではしゃぐと夫はかわいいねえ、似合うねえ、と飽きずに褒めてくれた。

実際よく似合っていたと思う。ピンクが似合わないなんてことはなかった。きっと幼いわたしにも、中学生のわたしにも、似合うピンクの服はあったと思う。シャーミンのくれた服も「似合うよ!かわいい」と友達に褒められたし、自分でも鏡を見ておかしいと思わなかった。

 

そのパジャマはパジャマとしてはダメになって手放したけれど、布を一部とっておいて小物を作った。ときどき眺めてはあのとき天井がもうないと知ったときの驚きと解放感を思い出して、泣きたいような気持ちになる。

いまではピンクの服や着物を何着か持っている。母はわたしが結婚して着たい服を着るようになってからおよそ女が気に入らない女相手に言いそうなことはだいたい言った。不愉快だし傷ついたけれど、それが間違っているということはもうわかる。

 

ここから長い本題があったんだけど、まとまらないからこれで終わる。要するに誰かの期待に応えたり、他人の幻想を満たしたりするために服を選ぶべきという抑圧がわたしは大嫌いなの。親に喜ばれるためのファッションも恋人に喜ばれるファッションも、背後に見捨てられる不安や抑圧があるなら人として痛々しいものだと思うわ。