星の王子さまと削除された卒業文集の夢

小学校の卒業文集で、クラス全員が将来の夢を一行ずつ書くという課題があった。

 

その少し前に、わたしは母の本棚にあったサン・テグジュペリの「星の王子様」を見つけて読んでいた。そして会ったこともない、今後もけして会うことのないフランス人が、一人で本を読む日本の子供の心に強く思いを残すことの不思議についてしばらく考え続けた。

 

ある日、父が運転する車の窓から走りすぎる町並みを眺めながら「自分が書いたものが世界で読まれるようになって、わたしが会うことのないどこかの誰かを慰めたり、強めたり、笑わせたり、泣かせたりしたら、それでその人が元気でたらいいな」と思った。自分が書いたものを通して、いつか自分が死んだ後も自分のことを誰かが覚えていてくれたらいいと思った。それが自分の夢だ。

それで卒業文集の一行には「サン・テグジュペリのような作品を残したい」と書いた。

 

数週間後、担任に呼び出された。「PTAで卒業文集の下読みをしたが、サン・テグジュペリでは誰のことかわからないので書き直すよう話が決まった」と言われた。何を言ってるのかよくわからなかった。今でもよくわからない。ただなんとなく教師の口調と当時のわたしの立ち位置からして「子供のくせに気取って偉そうなことを書くな」というニュアンスは感じた。

 

おりしも反抗期の入口に立ち、身長も150㎝を超えて大人が馬鹿に見え始めるころだった。同時に人を疑うことを知らない子供の純真さも残っていた。わたしがサン・テグジュペリを選んだのはごく個人的な経験からで、「星の王子様」の世間的な評価や、自分を大人びた子供だとアピールしたい気持ちのあらわれとは無縁だった。そんな風に見られるとは考えてもみなかった。

 

現在のようにネットでぱぱっと調べられる時代ではないから、PTAの参加者がサン・テグジュペリを本当に知らなかった可能性はある。そうだとしてもそれを変更させる必要があっただろうか。とにかくわたしは大人はくだらないと思った。いま思えばそれ以前に傷ついた。それで「こんなことを言う大人はくだらない」と思うことで自分を守ろうとしたのだと思う。そして馬鹿な大人に仕返しをしてやろうと思った。

 

母は「サン・テグジュペリを知らないなんてそっちがおかしい」と憤慨したが、わたしは担任と言い争わず、大人しく「吉田はるみのような立派な大人になりたい」と新たな将来の夢を提出した。今度はあっさり検閲を通過して文集に掲載されることになった。心底PTAと担任を馬鹿だと思った。吉田はるみは当時山口のRKB放送で日曜日に「はるみちゃんのワッショイ日曜日」というごくマイナーなラジオ番組を担当していたパーソナリティーの名前だった。吉田はるみさんは好きだったけれど、担任とPTAが彼女を知っていたら再々提出をせまったと思う。たぶんマイナーな偉人か何かだと思って知っているふりをしたのだろう。

 

そんなわけでサン・テグジュペリのようになりたいという12歳のわたしの夢にはケチがついた。そのせいで、というわけではないけれど、わたしは作家にはならず、色々な仕事をして、結婚して、いまは変な仕事をしている。ラジオパーソナリティーにもならなかった。

 

さて、わたしは今月に入るまでこのブログのアクセスログリンク元を見る機能があるのを知らなかった。そもそもアクセスは2とか多くても6とかそのくらいなので、ほとんど見ていなかった。なのでスターがついたら「見た人がいた!」と思い、ブクマがついたら「読んでる人がいた!」と思うくらいだった。先月はじめて「今月のアクセスが100を超えました」と来たので、へええ!と思った。

 

それが今月に入っていきなりカウンターがぐるぐる回りだして、あるときリンク元Twitterが表示された。Twitterは毎回PWを忘れるし、確認用のメールアドレスを何にしたかも思い出せず、やはり放置していた。そういえばそんなものもあったな!と思って見にいった。そしてkutabirehatekoでエゴサーチをしてみた。

 

そしたら、なんか、ぜんぜん知らない人がたくさん読んでくれていたんだね。本当にびっくりしたよ。たくさんって言ってもささやかなものだけれど、多くて10人にも満たない特定の人だけがたまに読んでくれていると思っていたから驚いた。日本エレキテル連合さんとか、どうやってここにたどりついたんだ。

 

ここだけじゃなく「はてこはだいたい家にいる」の方の、もうずっと前の記事に言及してくれているTweetをいくつも見た。いくつもって言ってもささやかな数だけど、わたしには予想外だった。人生の節目のたいせつなときに人から紹介されて読んだと書いてくださっている人もいて、一言で言えないような気持ちになった。

 

ほいで、12歳のわたしの夢は叶っていたんだなと思って、なんかこう深い感動を覚えた。ほんとに。だって昔は自分の書いたものを人に読んでもらうには作家になって本を出してもらって、それも「小説を出して認められたらエッセイなんだ」と思っていたから、まずは小説を書いて売れないとダメだと思っていた。でもいまは一人で世界に発信できるんだね。

 

もちろん「あたしも『星の王子様』に並んだわよ!オーホホホ!」っていう意味じゃない。サン・テグジュペリはあの本を戦地にいた迫害されているユダヤ人の友人のために書いた。わたしはそんな風にいま会えない誰かのために何かを書きたいと思った。それが誰かに届いていたんだね。こんな手段があるんだね。いまは。

 

 はてなやめないでよかった。読んでくれてありがとう。

 


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