布団売り詐欺が来た話

 

これの自宅訪問バージョンにあったことがある。

1994年、場所は神奈川県相模原市。窓を開け放していた覚えがあるので、夏だったのかもしれない。当時住んでいた学生向けのアパートに新装開店したばかりのクリーニング屋だと名乗る若い男が来た。

男は親しみやすく明るい口調で、自社の布団丸洗いがいかにすぐれているか、洗っていない布団がいかに不潔かを語った。そしてなんと今回は開店記念でクリーニング代が無料だという。「待っててもお客さん来ないんで、自分たちでまわっちゃおうって」と男は笑顔で言った。

わたしは当時通っていた中国語講座の時間がせまっていたので話を早く切り上げたいと思ったが、足を使って家々をまわる男を気の毒に思った。男はなんだか頭の悪そうな顔をしていた。

それで「はいはい、あーそうなんだ、じゃあ頼もうかな。もう出かけるからすぐ済むならいいよ」となんら疑いもせず、男に協力するくらいの気持ちでクリーニングを頼んだ。若かった。疑うこともなく知り合う人々を友達と呼べたころだった。

 

布団を取り上げ、仲間を呼ぶ

わたしは当時無印で買った敷布団を使っていた。わたしが布団を玄関先に布団を持ってこようとすると「ああ!いいです、いいです。運びますから。クリーニング前に布団の状態を広げて見ておかないといけないし」といたく恐縮して言う。そして「すいません、ちょっと上がらせてもらっていいですか」と男は言った。

いまならぜったいに上げないけれど、何しろ疑うこともなく(略)だったので、じゃあどうぞと部屋に上げた。真昼間だったし、玄関側も居室側も窓が全開だったし、目の前が大家の家だったので、襲われるようなことはないと思っていた。

男はわたしのせんべい布団を見ると眉をしかめて「これはちょっと…うーん、替え時ですね」と言った。確かに布団は汚くてぺちゃんこだった。一人暮らしをはじめたのが夏だったので、無知なわたしは薄い夏用の布団を買ってしまい、マットもしかずにフローリングの上で通年それを使っていた。

「ちょっと僕じゃわかんないんで、上の人に見てもらいます」

「もう出かけるから、だったらいいですよ」

「いや、ほんとすぐなんで。僕も依頼された以上、責任がありますから」

と、男は有無を言わさず布団を持って出て行った。その時点でこちらで想定していた時間をかなりすぎていた。予定に間に合わないかもしれないと思い、わたしは焦り始めた。しかし布団を返してもらわないことには出かけられない。困った。

 

高額な布団とローンをすすめられる

戻ってきた男は「人情をだいじに生きています」という顔をした四十がらみの男を連れてきた。四十男はどっかり腰を下ろし、あぐらをかいて話を始めた。要するにわたしの布団は限界だから自社の高級布団を買えということだった。値段は覚えていないけれど、数十万円はしたと思う。

「いや、そんなお金ないですからいいです。クリーニングだけしてください」

「あの布団、だいじに使って来たんだね…たくさん見てきたからね、わかる。ずっとあの布団を使ってきたんだね」うんうん、と頷きながら四十は言う。そして悪い布団の弊害と自社の布団のすばらしさを語る。良心に訴え、自供を促す刑事のようだ。

「そうですか。でもお金払えないですから、いりません」

「それは大丈夫。おじさんがそこはちゃんと見てあげるから」

「いや見てもらっても払えないもん」

「心配ない。おじさんがそれはちゃんとする。お金は代わりに払ってあげる」

自慢じゃないがアスぺにこんな懐柔は効かない。気の毒だと思って話を聞いてやったのに、こんなおやじを連れてきた若者にも腹が立った。

「え?だったらあなたが買えばいいじゃないですか」

「だからおじさんがお金は出してあげるよ」

「いや、そうじゃなくて、布団を買って、布団だけくれたらいいじゃないですか」

そう思うよね?

二人の男は長居する気まんまんで、実際刻々と時間は流れていた。しかし布団が帰ってこないと困る。互いに粘って押し問答をしたあげく、わたしがちっとも話に乗る様子がなく、時間がないから結論を早くと言い続けるのを見て、おやじも遂に諦めた。おやじがあきらめると若者は「ヘイ、親分」と言う感じでいっしょに帰って行った。

わたしは驚いたのと、腹が立ったのと、終盤のおやじの雰囲気がちょっと堅気の人間らしくなかったのとで興奮してしまったが、ひとまず中国語の先生に遅れることを詫びる電話を入れた。

それからはっと「ああでも!布団!どうしよう」と思って玄関を開けると、ドアの外のたたきの上に布団が直に放り出されていた。

 

あのとき「おじさんがちゃんとしてあげる、お金を出してあげる」はまったくの嘘だと思っていたけれど、出してくれるのね。本当に。

よく考えたら、わたしは内田春菊が書いた布団詐欺の男に家に上がりこまれてレイプされる話を読んだことがあった。「あ!これ進研ゼミでやったやつだ」とピンと来なくて残念だ。危なかった。みなさんも気をつけてください。

 

あとトップの絵の元ネタはこれです。 

 

kutabirehateko.hateblo.jp

 

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