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失恋ショコラティエの最終巻で考えるモテ農夫と非モテ

モテとナンパをめぐる話 レビュー

漫画喫茶にいって失恋ショコラティエ最終巻を読んだ話の続き。「漫画は本に入らない」と親によく言われたけど、今週のお題「読書の夏」に入れてもらうことにする。

 

漫画喫茶にいくのは人生で三度目なんだけど、すっかり清潔感あふれる静寂なスペースになっていてびっくりした。分煙もしっかりされて、飲み物だけでなくシャワーも無料、完全個室に毛布完備。畳の部屋には黒ひげ危機一髪などパーティーゲームもそろっていた。子連れでも楽しめるようになっているんだな。 

 自宅で撮った感。

 

前回と前々回までの話はこちら。

農夫モテと失恋ショコラティエ - ハイク以上はてダ未満

失恋ショコラティエ最終巻で考えるモテ農夫の孤独 - ハイク以上はてダ未満

それでは最終巻後編からモテ農夫と非モテ系の違いについて考えたいと思います。

 

非モテ薫子さんのプライド

ナチュラルボーンモテ農夫みたいな魔性の人妻(って漫画の解説にも書いてあった)サエコと対照的なのがこじらせ女子の権化薫子さん。といっても海月姫のあまーずほどではなく、パッと見ふつうの女性なんだけど、愛される女性としての自分に自信がない感じ。

 

8巻ではソータのセフレであるモデルのエレナがソータを訪ねて店に来たとき「あいついま人妻としけこんでっから」みたいなことを言って、セフレからステディへと移行しつつあったエレナはショックで呆然と去って行った。ごめん、薫子さんが正確にはなんて言ってたかよく覚えてない。

 

で、本命の人妻サエコはなんだか知らないけど去って行ったし、エレナもいないし、ということで薫子さんはソータにアピールするチャンスが出来た。サエコをなくしたソータがあまりにニコニコ気味の悪い笑顔で馬車馬のように働くので「体壊すよ。休みにスイーツでも食べにいかね?」と誘ったら本当にOKもらえた。

 

このとき薫子さんの脳裏にまっ先に浮かんだのはなぜかサエコだった。それも「ざまみろ!」ではなく「サエコ先生、こんなときどうしたらいいんですか?」と頭の中でモテ指南を求めているところが業が深い。モテ農夫にキャベツとして世話してもらった人は農夫を慕うようになるところがよく表れていた。

 

ソータは親の代から店で働いていたサエコを姉貴分だと思っている。嫌うとかじゃなくいうまでもなく圏外。薫子はソータと並んで歩きながらショーウィンドウに映った自分たちは「いいとこ姉と弟」と判定をくだす。サエコとソータは並ぶとしっくりきたのに。

 

薫子は「よっしゃこっからがんばるぞ!」とはならず、せっかくデートに来たのにめっちゃソータを叱る。「おまえさ、『ちゃんとつきあう』とか言っておいて人妻が来たからモデル*1はポイ捨て?気まずいからって自然消滅ねらって反省したふりしてんじゃないよ。会う資格がない?ちゃんと説明して謝るのに資格がいるわけ?」ってなことを、ガミガミガミガミ言う。あー。キャベツが萎れる。

 

薫子はサエコとソータに対するムカつきからエレナに八つ当たりしたことを後悔していた。だからその埋め合わせとして、何が何でもソータをエレナの元へ送り届けようとしていたのだった。「ここはいいからお前はいけ!ふりむくな!早く!」ってことだったのだ。その場の勢いで人の恋路の邪魔をした自分を薫子は恥じていた。

 

薫子さんは人間だ。他人も同然のエレナのことを自分と同じ感情と尊厳のある人間だと思っている。傷つければ後悔する。こんな風に人を人として見る人はモテ側にいけない。モテ農夫ならこんなことはしなかっただろう。薫子さんがソータをどやしつけたのは無理もない。惚れた男をよその女のところへ送りだすのに冷静でなんていられない。ソータは薫子さんにとって替わりのきくキャベツではなかった。

 

非モテエレナの体当たり

薫子がエレナに会ってこいとソータにめっちゃ怒鳴るので、怖くなったソータは言われるままにエレナに会いに行き、お互いへらへら会話したあと「上がっていい?」と家に上がろうとした瞬間「ざっけんなてめーなにしにきたんだよ!」とめっちゃ怒鳴られる。(意訳)

美人でスタイルがよくて華やかで、でも心をゆるせるのはゲイのパティシエだけというエレナ。エレナも不特定多数の気を引き、熟成具合に応じてチェンジできる女ではない。そういう意味でエレナは非モテだ。

 

ほいでー。こっから本題な。

 

ソータはエレナにサエコが転がり込んで来ていたこと、そして去っていったことを告げる。本命の人妻の話はこれまでさんざんしてきたのでエレナは「何それkwsk!」するんだけど「いや・・・まじサイテーだし・・・超ダセェっていうか・・・カンベン・・・」とソータはうじうじ言う。

「今までなんでも話してきたじゃん!」

「話せないよ・・・!そんなん全部話したら終わっちゃうじゃん・・・・・・・・!

 えれなが聞いたってヤな思いするようなサイテーな話に決まってるじゃん・・・!」

「だったら帰って!

 大事なことも話せないような関係になっちゃったんならあたしなんかいらないじゃん!!」 

  エレナ泣いてる。んでじゃー話すよみたいな。ハグして復縁みたいな。

 

はー。ここにたどり着きたかった。やっとここまで書いた。で、ソータとエレナは人間同士のつきあいをしているな、とわたしは思った。これだよ。これがヒューマンだよ。

 

非モテは希望を捨てられない

薫子さんとエレナは絶望していない。自分は不器用だけれど、人と誠実につきあっていこう、きっとわかりあえるところもあるだろうと希望を持っている。命がけで子供を産んで生涯をともにする夫にすら都合のいい姿しか見せようとしないサエコの絶望している姿とは対照的だ。

 

ソータはどうだろう。サエコに対して終始受け身だったソータは絶望気味に見える。でも薫子さんにどやされ、エレナにうながされ、自分の気持ちを話そうとしはじめたところを見ると、まだ人間らしさが残っているのかもしれない。妹のまつりちゃんがこのあとちょっと大変な目に遭うんだけど、そこでも人間らしい反応をしていた。

 

前回紹介した蜜さんがモテファッションのエントリーに「ファッションから思想や生き方があらわれないようにすること。思想を明らかにするとそれを好まない人を拒絶することになる。誰からも好感を持たれる服がモテの基本」と書いていて、わたしはこれがモテならモテとはパートナー関係を作るものではないな、と思った。

 

自分をわかってもらうより誤解でいいから人から好かれたい。こんな風に思えない人はなかなかモテ側にはいけない。誤解でいいから人から好かれて、好かれたあとで自分をわかってほしいという人が多いと思うけれど、リンゴだと思ったのにキャベツかよ!というような話は巷にあふれている。モテ農夫はそんなへまはしない。リンゴで売ったら一生リンゴで押し通す。そういう覚悟を貫ける人がモテ側へいく。

 

絶望の世界の諦観がモテ農夫を作る

何を考えて何を大事にして、どこに一喜一憂しているかを「互いに」分かち合えることがパートナー関係のすばらしさだとわたしは思う。というか、恋人に限らずこういうことをわかちあってなかったら友人にもなれない。それは友人じゃなく知人だ。

 「誰よりも感じがいい女」「誰よりも感じがいい男」もひとつの個性かもしれない。でもそれはパーマンに出てくるコピーロボットみたいなものじゃないかとわたしは思う。モテとは自らステップフォード・ワイフ、ハズになることなのか。

 このまえ引用したナンパのまとめに「雑談はNG、嘘でも相手が喜びそうな自分のプロフィールをアピールしろ」と書いてあった。雑談を通してその人の生き方がわかるのに、偽のプロフィールでどう理解しろというのか。

 

でもモテキの夏樹にせよ、サエコにせよ、そんなことはわかっているのかもしれないなと、思ったんですよ。彼女たちは世界中がキャベツで、人間は自分ひとりで、キャベツはこっちの気持ちはわからないんだろうな、と思って生きているようにも見える。だから人を振り回しておきながら、相手があきらめて去っていくとさびしそうな顔をする。妖怪人間三人衆みたいに。

 

サエコが旦那に対してまだお腹の中にいる子供を口実にしなければ自分の主張を押し通せなかったのだとしたら、それは気の毒だ。サエコはコミュ障だとわたしは思う。だからこそモテ農夫として、相手を自分に夢中にさせ、判断を狂わせてからでなければ関係を持てないのかもしれない。

 

 自閉症の動物学者であるテンプル・グランディンは「火星の人類学者」の中で地球で暮らす孤独、言い換えると多数派の間で生きる自閉症者の孤独について語った。それでも自閉症者の多くは多数派の中にも心をわかちあえる人がいることを知っている。そういう人は多数派自体には絶望しない。

 

しかしモテ農夫として生きる人にとって自分と同じ人間、本性を明かしてその醜さも含めて認め合える人を見つけるのは難しいことだろう。モテ状態にある人が「もーウハウハですよ!」といいながら、妙に悲観的だったり、世の中を怨んでいたり、自己憐憫が強かったりするのはこういう理由があるからかもな、と思った。彼らは実際には腹を割って喧嘩ができるコミュ充を嫉んでいるのだと思う。

 

以上です。この長文を読み終えた人だけスターください。

 

  

 

kutabirehateko.hateblo.jp

*1:エレナは売れっ子ファッションモデル