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モテ子の仮面とブス山さん

モテとナンパをめぐる話

前回に続いて演劇の世界で考えるモテ指南界隈のこと。

「人と思わずキャベツだと思えばいいのよ。自分の演技に集中しなさい」の後半部分について。

役者は審査員や観客はキャベツなんだな、と思っているだけでなく、リラックスした状態で演技に集中する必要がある。モテ、ナンパ道の基本もやはり演技みたいだ。わざとらしい演技は人を辟易とさせるけれども、魂のこもった演技は人を感動させ、すべてを投げ打っても構わないと思わせるほど力があるから、モテ道をきわめる人の中には強烈なカリスマ性がある人もいるかもしれない。

 

平凡なおチビちゃんらしい北島マヤと「嵐が丘」で共演した真島良が、キャサリンに扮する舞台の上のマヤちゅんに夢中になったように、モテ系の仮面をつける人は観客を魅了する。自分の中から別の自分を引き出し、仮面をかぶり、衣裳を選んで舞台に立つ。するとそこに自分であって自分ではない、新たな人があらわれる。

 

 でもマヤちゅんは終演後に真島くんから迫られた交際の申し出を断った。桜小路に義理立てしたわけではない。キャサリンはマヤちゅん自身ではなかったからだ。モテ子の仮面をつける人のジレンマがここにある。モテ子としてモテると自分を隠し続けなければならない。

 

ゴマブッコさんは恋愛相談本「お気は確か?の中で「いつまできれい売りすればいいですか」という読者からの質問に「そんなの一生よ!」と断言していたが、一生舞台の上にいたら集中力が持たない。私生活を別にする恋愛関係ならいいけれど、モテ子として伴侶をえて共に暮らすのはキツい。

 

ソフトランディングすればいいという意見もあるが、ありのままを知った伴侶から「愛が覚めた」「男として、女として終わった」などと言われることもある。「いつまでも緊張感のある関係を」というのは「幕が降りるまで仮面を外すな」ということで、モテ人生の幕が降りるときとは死ぬときだ。これを「モテ子の仮面問題」と名付けたい。

  

この「モテ子の仮面問題」を回避したのが「ブス山さんモテ哲学」だ。

 

世のモテ哲学の基本はいかにモテ子の仮面をつけるかが焦点になっている。しかしブス山さんは自分をモテ子ビジュアルへ近づけようとはしない。

 

いや、本当にビジュアルは残念なのよ。遺憾レベル。恋愛ゲームならば、明らかに「Very Hard」でプレーしている厳しさ。デフォルトでモテる風貌の「Easy」とは比べ物にならんくらいハンデを背負っているにも関わらず、男から告白してくるし、振られるどころか、振る側であるし、ちょくちょく別れているものの、1週間もすれば新規彼氏ゲット。おまけに男のオレから見ても、なかなかのイケメンを彼氏にしている。物凄い不思議なブス山さんなのだ。

 

「ブスはモテない」「モテるブスは女子力系の努力したブスだけ」と思っているならあなたの視野はまだ狭い。この話は本当に痛快なので、未読の方はぜひ読んでいただきたい。ブス山さんの哲学は漁師が魚の多い天候や時間に船を出すようなやり方だ。 

 

ブス山さんのモテ哲学には相手の女性幻想を満たしてやれ的なことが一つもない。

 

・男性の笑いのツボを知る

・男性向けの趣味を持つ

・スポーツ観戦に行く

・三回に一度はノーと言う

・なるべく朝会う

・がっつかない

 

「女性誌なんかいくら読んでも男心はわからない」というのは至言だと思う。男性誌をいくら読んでも女心がわかるわけがない。男性誌を読むのはグラビアを見て真似るためではなく、話題と笑いを理解して会話を楽しむためだ。

 

こういう女性はモテ指南の中では「男性化した女性」「お笑い担当」とイロモノ扱いだ。しかし「おんなおんなした人と話すのが苦手」という男性はものすごく多い。それはもうどんなに強調してもしたりない。

 

「女扱いしてもらえない」「男として見てもらえない」という人によく会うけれど、それは警戒されないという強みだから活かした方がいい。わざわざモテ子、モテ雄の仮面をつけ、みすみす警戒心の強いはぐれメタルを遠ざけることはない。後になって仮面をいつとるか、とれたらどうするかと悩む必要もなくなる。

 

それじゃ友達どまりだ、と思う人は「ただの友達でいるつもりだったのに…」的展開が世の中にどれほどあるか考えてみたらいいと思う。望んでも友達のままでいられなくて家族になってしまう人はごまんといる。出会い頭で恋愛対象ルートがすべてではないのだ。

 

さらにすばらしいのはブス山さんのその後である「ブス山さんの結婚」。

 

d.hatena.ne.jp

 

「今まで自分に自信がなかったから、男を好きにさせようと思っていろいろやってきたんだけど、彼は自分が特に頑張らなくても、自分のことを好きになってくれたんだ。はじめて自分が何もしなくても、好きになってくれた人なんだ」

 

 ブス山さんは相手の隙が好きに変わるチャンスを上手に掴んでモテていた。しかしこの一部始終を見ていたタケルンバ卿のように、ブス山さんが網をしかけなくても彼女の個性と聡明さに惹きつけられる人はいる。

 

でも、こういう話ってあまり人気ないと思うんだよね。不特定多数の好意を利用して自分の願望を叶えたい人にとっては、たったひとりにモテるだけの人生ってわびしく見えるから。