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深刻な話

思うこと 仕事

※7/27 リンク追加
※8/3 追記 風の谷の姫姉様こと堀井みきさんとミ二マリスト界隈になら何してもいいと思ってる馬鹿 - はてこはときどき外に出る

ミニマリストのオフ会に潜入してわかったこと - はてな匿名ダイアリー
ミニマリストオフ会潜入増田に「参加者のほとんどは主婦やアルバイト、生活保護者だった」と書いてあったことを昨日洗濯中にふと思い出した。
「要するに仕事をしなくていい連中だ」というようなことを書いてあったけど、「しなくていい」じゃなくて、「しようにも出来ない」が正解なんじゃないかと思ってハッとした。

はてなメイドミニマリストの間で大人気の「風の他人の姫姉様」のミニマリスト定義にわたしは疑問を持っていた。ミニマリズムと経済的な負担を減らすことが結び付いていたからだ。


札幌ブログ勉強会の参加者レポート集!&コメント - モテ貯金

現在はミニマリスト卒業だけど札幌オフには参加。HN 間違えてごめんね。

持ち物を減らすことは必ずしも節約に繋がらない。毎シーズン気に入らない服を間に合わせで買って死蔵するより、惚れ込んだ服を一枚だけ持つ。これが私の思うミニマムな暮らしで、そこで選ぶ服は値札ではなく感性で選ぶ。結果的に間に合わせ数着分より高くつくこともある。

でも姫姉さまのブログで古着の記事が注目を浴びたせいか、なぜかはてなではミニマリズムと節約生活、質素倹約が結び付いてしまった。結果的に「買い物を否定するならアフィリエイトを貼るな」とか、「パソコンやスマホを見るな、捨てろ」という斜め上の批判が出る。

生活必需品や必要最小限は人によって違う。無人島に漫画を持っていく人もいるかもしれない。ミニマリズムは断捨離ではない。ミニマムに暮らすことと買い物することは矛盾しない。

さて、増田に書いてあった「何者でもない自分に箔をつけたい」という主旨の集まりはいろいろある。変な仕事界隈にも多いし、ここ福岡は「女性の、主婦の、ママのための起業セミナー」が全国一多い町じゃないかと思う。

増田に書いてあった話だけでなく、関連ブログに見られるある種の切迫感、厭世感、ほのかな選民意識はそうした各種セミナー参加者や変な仕事界隈の集まり、先鋭的な宗教にも見られる。

私はこれまでそういうところの真ん中や周辺をウロウロしてきた。そこには人生が切羽詰まった人と、切羽詰まった人生を非凡で単純な法則で大逆転したと自称する人がいる。

姫姉さまは特別な学歴や経歴なしに、経済的な投資を最小限に抑えて、シンプルな暮らしとパートナー候補を複数から選べるというモテポジション、そしてその経験を有料でシェアするシステムを作ったことをブログに書いている。

これは強みと思える学歴や経歴、経済力なしに人生の荒波に立ち向かわざるを得ない人にとって、とても魅力的な福音だ。

姫姉さまのシンプルライフ、ミニマリズム、モテ道を踏襲して、自分も自分自身を有料でシェア出来る立場になれるかもしれない。

そしたら経済的な問題も孤独感もモノを管理することの混乱や未来への不安も消えるだろう。姫姉さまのように。

姫姉さま以前にもミニマリズムブログはあったし、片付け好きな人はいた。でも姫姉さまにはカリスマ性がある。その道で食っていけるかもしれない、と夢を描かせる力がある。

私は姫姉さま個人がそんな意図を持ってブログを書いていたとは思わない。でも、こういうことをもっと巧妙に意図的にやる人が大勢いて、そこに切羽詰まった人が集まってくるのは色んなところで見た。

そこにはいわゆる一般的なサクセスストーリーの中ではキャリアアップを望めないと絶望した、様々な事情を持つ人がいた。

そう言う状況にある人に「水を飲みたければ井戸に行ってくめ」と言っても話は通じない。井戸までいく体力がなかったり、井戸で手桶を貸して貰える人脈がないことで、すでに散々泣きを見てきたのに、何も知らずに呑気だね、とため息をつかれるのが関の山だ。

そこに「私も以前は井戸から水がくめず困っていましたが、川辺に暮らすことで井戸に依存しない暮らしを手にいれました」という目から鱗の話をする人が現れると、そこに一種のグループが出来る。川辺に暮らす人は切羽詰まった人たちのヒーロー、カリスマになる。問題はその人が川で暮らしているとは限らないこと、誰もが川で暮らせるわけではないことだ。

はてな界隈のミニマリズムの背後にあるのがキャリアアップへの絶望と不本意な貧しさだとすれば、大型家電店の贅沢品が金持ちの道楽ではなく、死ぬ気で働いて無理して買うものと思えるのは無理もない。健康が回復するまで有休を取れる立場にいなければ、正社員を諦めて、仕事を減らして暮らすしかない。持てるリソースを換金するためアフィリエイトを貼るのは何ら矛盾したことではないし、むしろ当然のことだ。

働かなくていいのではなく、働けない事情があるから主婦でいる人、生活保護を受けている人、親と同居している人が「それでいい、それこそ賢い生き方だ」とキラキラした魅力的な女の子に言われて涙するのは、ふわふわした話じゃなく、切実で現実的な話なんじゃないか。

私は月収6万円前後で首都圏で部屋を借りて、田舎で車を持って、一人暮らしを何年も続けていた。大変だったけど、夢があったので誇らしくも思っていた。仕事を増やして月収10万円になったときはずいぶん楽になったと思った。

私はある意味すきでやっていたことだけど、何らかの事情でそう言う生活を余儀なくされる人はこれから増えるかもしれない。私も貧乏暮らしから足を洗って会社員として都心で働いている真っ最中に倒れて働けなくなった。

いまは夫の稼ぎがあり、自分でもいくらか働けるけど、そうでなくなったときに備えなければという気持ちはいつもある。

清貧かっこよす!と思っていたあの頃、同様の暮らしをしている人の中には一般的な勤め人を皮肉ったり、同情的な上から目線で心配する人が少なくなかった。当時は「かっこよすが行きすぎて思い上がってしまったのかな」と思っていた。

私は若くて世間知らずで自閉症だから感じなかったけど、あれは世間に対する引け目を解消するひとつの手段だったのかもしれないといま思う。

こういう物言いは大変失礼だと思うけれど、そう言う暮らしに甘んじるしかない状況にある人の強がりに、真っ向から正論を吐くのはお互い消耗するだけだ。

いま何も見ないで書いてるからお名前を失念しているけど、どや街の事故物件にお住まいだった筋金入りのミニマリストの方、あの方のように才能も体力も仕事もある人にはそうした引け目はないだろう。

hapilaki.hateblo.jp
ミニマリストじゃなくてシンプルライフ。手練れのバックパッカー

のんびり暮らしながらマッサージ器をぽんと買える暮らしがイメージ出来ない状況にあるのは何故か、それはただただ自己責任なのか、ちょっと考えたら深刻な気持ちになった。

はてなでのミニマリスト叩きについて
はてなでのミニマリスト叩きについて - はてな匿名ダイアリー