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青い財産

思うこと 家族親族

もちおがしばらく海外へ行ってしまう。実家にスーツケースを借りに行った。

 

車を運転しながら遠くの山並みを見ていたら、手前のボタ山が目に入った。「あの山は全部ボタで出来とるんよ。火をつけたら燃えるやろうね」と祖父が教えてくれたことを思い出した。去年は祖父がまだ生きていたんだなと思った。この車に乗って床屋へ行った。いま覚えているいろいろなことを、この先少しずつ忘れて、いつか祖父が概念のようになってしまうんだろうかと思うと泣ける。祖父が他界した日、その後の法事に、同じ車で小沢健二を聞きながら走っていたから、あのころのことを思い出した。

 

考えながら走っていたらなぜか目がどんどん稜線に吸い寄せられていった。開けた視界の奥にパノラマのように山々が連なっている。その向こうの空との境がくっきり見えた。そして、この悲しみはわたしの財産なんだなとふいに思った。この悲しみが人を思いやり、やさしくしよう、力になろう、裁くのをやめ、理解しようという気持ちを強くする。お年寄りを見たとき祖父を思い、九州男児と聞いたとき祖父を思い、男をイメージするとき祖父がそこにいる。祖父がすきだから、祖父と同じ属性を持つ人を無碍にするまいと思う。祖父がしてくれたことを祖父のように小さい子供たちにしようと思い、若い人たちの力になろうと思う。それはいまも強烈に胸をしめつけるこの悲しみの強さによるのだと思った。祖父のことだけでなく、これまで失った大切なものを思う悲しみが人生を豊かにしていると思った。人の痛みを自分のことのように思う気持ちを育んでいるのだと思った。

 

祖父は陽気でひょうひょうとしていて、賢く穏やかな人だったけれど、祖父の心にはいつも深い悲しみがあるように思えた。祖父は感情に訴えることをしない人だったけれど、祖父といるといつも泣きたくなるような気持ちがした。戦争や、死別や、祖父の人生に起きた数々の忸怩たる思いが、その悲しみが祖父をやさしく穏やかに、親切にしていたのかもしれないと思った。

 

悲しいことなんて起きない方がいいとずっと思って来た。だけど人生には悲しいことが必ずある。でも、何かが起きたとき、そこで得た悲しみは、雷で窒素が作られるように、人を豊かにすることがあるんだなと思った。

 

何度も祖父を送った病院の前を過ぎたとき、カーステレオから「銀杏並木のセレナーデ」が流れてきた。

 

もし キミがそばにいた 眠れない日々がまた 来るのなら

はじける心のブルース 一人ずっと考えてる

She said ah ah ah I'm ready for the blue.