家事の原動力

自宅通勤二日目。直前の洗濯物と昼食と髪を乾かすことが終わらず、30分遅らせて13:30から始めた。ラジオ体操と掃除機かけが出来なかった。

 

もともとある資料に手を入れて、今日のブログはささっと済ませて、明日の分も書いて、そのあとは何をしよう?と思って書き始めたけれど、今日の分を書き終えたら3時間経っていた。うううむ。明日の分とか言ってる場合じゃなかった。

 

でも、「時間になったらぜんぶ置いて始める」「この時間は他のことはやらない」と決めておくのはメリハリがついていい。ルイボスローズティーを飲みながら、クコの実とアーモンドを食べつつ書いた。いいっぽい。

 

昨日はあのあとさほど家事に打ち込めず、疲れてへたばってもちおが帰ってくる直前に料理を始めた。もちおはわたしが料理をしている間、洗濯物を畳んでくれていた。これは家事分担じゃなく愛情表現なんだろうなーと思いながら見ていたら、「畳んでおいたらはてこさんうれしいかと思って!」と言っていた。この人はいつも誰かのために生きている。夫婦の間に公平とか求めてない。すごい。

 

わたしはなぜ家事をやるのか考えてみた。わたしは現状が嫌になったらやる。散らかってるのが嫌で片づけるし、お腹が空くからご飯を作る。もーいや!!っていうのが動機。あと、とてもそうしたくなったとき。こういう部屋でこうやってくつろごう!と思うと部屋を模様替えしたり、収納を見直したり、いつもと違った料理を作りたくなる。いずれにしてもモチベーションになっているのは自分の感覚。

 

でももちおは散らかった部屋にいたり、食事が外食続きだったりすると、元気がなくなる。機嫌よくニコニコしていても体力や集中力が落ちる。だからもちおが言うことじゃなく、状態によく注意して、それをモチベーションにしたら家事に張りが出るかもしれない。言葉が通じないものの世話をするときって相手に要望聞いたりしないもんね。

 

わたしは要求は言葉で伝えるものだと思っているから、それがないとよくわからない。でも赤ちゃんとか動物とか外国人とか、言葉に頼れない間柄の人のケアをする*1ときは言葉より状態を見るもんね。もちおに元気でいてほしいし。

 

一人暮らしのときは自分のために家事をやったけど、二人だと相手の物の管理に苛立ったり、相手がやってくれないかなと甘えも出るし、違う動機が必要になると思った。

*1:font-daさんとこで見た「ケア」ってしっくりくる言葉だった。癒しブームだけど切実に必要なのはケアだろうな。