わたしにとっての実用書


観きれない映画を録画しまくって増やす人をばかだと思って来たけれど、読みきれない本を溜め込むのもそれと同じだ、とさっきブコフで気づいて雷に撃たれた気分だった。

実践しきれない実用書が家にたくさんある。あっても身につかなければ役に立たない。実用書を買って、スキルを増やして、向上させたら世のため人のためにもなると思っていたけど、身につかないんだから世のためにも人のためにもなってない。

じゃあわたしにとって役に立つ本、わたしがそれを読むことで周りのためにもなる本って何だろう、と考えてみたら、それはわたしがいい人になる本だと思って、今度は眼から鱗が落ちた。

わたしが読んでいい人になろうと思った本とはつまり幼いころに読んだ児童書であり、折に触れて読んできた心に残る小説だった。

そういう本は余暇の娯楽、なくてもいいもの、優先順位の低いものだと思っていた。読んだからといって収入が増えたり、健康が増進したりしないからだ。でも能力アップを夢見て買ったあれこれに負けず劣らず、と言うか、それらより遥かに生活に直結した、人生を左右するものだったことに気がついたのだった。

はてなブログにもちおをしあわせにしたいとか、いい人になりたいとか書くのはなんか怖い。けれどもここにはそういうはてダとハイクのどちらにも書けないリンボ系の記録を残そうと思って書きはじめたから書いておく。

さらによく考えたら、実用書読んで実行して色んなことが出来る能力が身についても、人としてあかんかったら誰かのしあわせに役立ちたいとか思わない。お金がある人が人と分かち合うんじゃなくて、人のしあわせを喜ぶ人がそうするんだろう。

あれこれ考えて、結局なにも買わずに帰った。家にある本を消化しようと思ったのだった。