ゆるさないことの効用


母が無断で申し込んだバスツアーに行ってきた。
 
母はややおずおずとした様子で「二人一組の抽選だったの。イヤだったら断るから言ってね」と言って来た。八女茶の産地、星野村というところへ工場見学に行くツアー。食事つきで3000円。ちっとも興味がない。試飲から販売の流れだろう。なぜ申し込んだのか。
 
しかし一人暮らしの母が好奇心旺盛に出歩いているのはありがたい。年金暮らしで子供の世話にもならず、貯金と父からの慰謝料などでマンションを買い、ささやかながら悠々自適に暮らしている母。
 
四人の子供たち全員にランダムに絶縁宣言を繰り返し、子らが病む責任の一端を負っている母。わたしは去年ついに堪忍袋の緒が切れて、ほぼ一年連絡を絶っていた。
 
わたしは母を赦さないと決意した。静かでドスの効いた決意だった。争いも涙もなく、ただ母のしたことを赦さないし、二度と同じことはさせないと心に決めた。
 
わたしは騒がなかったので、誰からもそのことを責められなかった。もちおには話したけれど、もちおはこれまでを見てきたのでわたしの決定を尊重してくれた。それでわたしは母を赦さない日々を満喫した。
 
去年の暮れに祖父が急逝したとき、わたしは共に世話になった祖父に免じて母を赦すことにした。それで祖父の他界を告げるために、およそ一年ぶりに母にLINEをした。元舅を悼んだ母が何をするか予測がつかないので連絡しない方がいいと妹は大反対したが、母はいたってまともに祖父に感謝の言葉を述べた。
 
わたしも母も自分達のこれまでについて何も話さなかった。けれどもその日を境に母とわたしの関係は修復された。戻ったのではなく、絶縁期間以前とは違うものになった。
 
母がわたしにしたあれこれは今でもそりゃないよなと思う。母のおかげで未だに人生が残念な面もある。
 
けれどもそれらは今の母との日々を台無しにするほどの威力はない。それは心からの怒りが母を牽制したせいでもあるし、母かわたしのどちらかが、いずれ祖父と同じように去る日が来ることが実感としてわかったからでもある。そして母を赦さない日々を心ゆくまで満喫したからでもあると思う。
 
祖父との別れか、母を絶縁した日々か、そのどちらかがなかったら、わたしはいまだにかつての母子関係にいたんじゃないかと思う。
 
人をゆるせ、親を大切にせよと説く人に会うと、ゆるすには時があるというソロモンの言葉を思う。すべてのことには時がある。かさぶたが固まるには時間がいる。
 
母が生きている間に時が来てよかった。それは本当にありがたいことだと思う。自分次第で人生が変えられるという考え方をわたしは信じない。世の中には自分ではどうにもならないことがあり、それがどうにかなるのはただただありがとうことだとわたしは思う。
 
兄、弟、妹は現在母と絶賛絶縁中で、母には今年の母の日に何もなかった。今日「遅れたけど母の日の御祝いだから」と言って、母の分のバスツアーのお金を出した。母は驚いていたけど、あっさりそれに応じた。そして一日楽しそうに、輝く笑顔で八女の茶畑を見て回った。
 
兄弟達が母をどれだけ愛しているか、わたしには少しわかる。母に耐えられず、距離を置きながら、同時にいつも母を心配して自分を責めているのも知っている。出来ることなら何でもしてあげたいと思っているのに、何度もこっぴどい目に遭ってみんな遠巻きにしている。
 
兄弟たちに時が来るまで安心していてほしいと思う。姉ちゃんがそれなりにやってるし、もちおもよくしてくれているから、大丈夫だ。兄弟達に運が向いてくることを陰ながら祈っている。
 
kutabirehateko.hateblo.jp

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