はてしなくない道

ちゃんとしようと思うと到達点にきりがないけど、もちおをしあわせにしようと思うとわりとぽんぽんゴールがある。逆の家庭もあるだろう。もちおが夫でよかった。

 

もちおは今夜も遅くなるとわかっているのに食事抜きで深夜に帰ってきて、そのまま寝ようとしたり、食後、仕事をしているわたしの足元に寝そべって凍えながらうたた寝していたり、寝室の灯りを煌々とつけたまま眠っていたりしていた。こういうところに文字通り叫びたくなるほどイライラしてきた。大人なんだから言われなくても食事を摂って。大人なんだから寒かったら薄着しないで。大人なんだから翌朝の予定と睡眠時間を考えて。大人なんだから使わない部屋の明かりは消して。寝る時は電気を自分で消して。

 

なぜこういうところでイライラするかというと、わたしが死んだらどうするんだと思うからだ。わたしのお通夜の席で、何も掛けずに食事も抜きで、わたしの亡骸の横に転がっているもちおを想像してしまう。死んでいなくても、わたしはこんななので、うちはちょいちょい主婦不在になる。そういうときに最低限のことが出来てほしい。自分で自分を守れる最低限の家事能力を身に着けてほしい。家事というほどの家事じゃなく、使うものを出したり、使ったものを戻したり出来るようになってほしい。わたしが全部やらなくても心配ないと安心したい。

 

でも「わたしはもちおの家に訪ねてきて留守番しているので、空いている時間に家事を手伝ってあげましょう」と思うと腹が立たない。人の家のやり方は尊重すべきだと思っているので、たいていのことは「ふーん、この家はそうなんだ」で済む。

 

先々困らないといいけどな、と思うけど、今日はわたしがいるから食事を出してあげて、片づけてあげて、毛布を掛けて灯りを消しておいてあげようと思う。そしたらもちおはしあわせだからな。実際とても喜んでいた。これまでガミガミ言って悪かった。

 

もちおの方は「俺がいなくなったら困るんだから一人で食べられる程度に稼いで」とは言わないし「大人なんだから俺だけに稼がせないで」とも言わない。わたしは自分にかかるお金は極力自分で出し、家計も負担しなければと思っている。でもわたしがそう思っているだけで、もちおはそんなの自分に失礼だくらいに思っている。

 

昨晩化粧を落とさなければと思いながらそれが出来ず、スマホアプリゲームに熱中して夜明け近くまで起きていた。四時過ぎにもちおが目を覚まして「一緒に寝て!」とやって来たけど「寝る前に化粧を落とさないといけないけどそれが出来ない。それにいまゲームで忙しい」と顔も上げずに言ったら、もちおは電子レンジで蒸しタオルを作ってわたしの顔をごしごし拭いた。

 

「旦那が顔を拭いてくれるなんてそうないぞ!」と得意そうにしているもちおに「どうしてこんな大きなタオルを濡らすの?」と言ってしまったはてこであった。*1(洗濯ものをなるべく増やさないでほしいと思っている。)はてこだってちっともちゃんとしてないし、最低限のことが出来ない。出来ないから不安で、もちおちゃんとして!ってなる。

 

寝る前に「今日はもちおの妻だからじゃなくて、愛情のあらわれとしてご飯作ったんだからね!」と言ったら喜んでいた。ちゃんとしたご飯を作るのはわたしには難しいけれど、もちおがしあわせになるくらいのご飯だったら作れることもある。

 

人を救うことは出来ないかもしれないけど、助けたり、しあわせにしたりすることなら、非力でもちゃんとしてなくても出来るもんだなと思った。

 

そんなこんなでここ数日すこし調子がいい。溺れていたとき遠くまで藁を掴みにいって散在したけれど、たぶんこれまで泳ぎ方がまずかったんだな。

*1:「拭くところがたくさんあっていいから」と言っていた。